「ほら、泣いちゃだめだよしろー君」
どこかにあった筈なんだよね、と男が辺りを物色していたが、ややあって雑巾なのかタオルなのか判別がつかない布を俺の顔を拭いていく。
されるがままになりながらぺたりと床に尻をついた。
「ああ、いい臭い……こんなにばっちいのがしろー君のおなかにいーっぱい詰まってたんだねえ、びっくりだよ」
たぷたぷとバケツを揺らしながら男は笑う。
そのまま持ち手を提げるとおもむろに立ち上がった。
「ちょっと待っててね、新しいバケツを持ってくるから……フフ」
眼鏡男は俺に逃げる気が無いことなどわかっているかのように、ドアを開け放したまま外へと出て行った。
どうせ逃げたところで外にはパンク男がいるだろう。
それに尻がひりついて痛む、妙に力んでいたせいで内股はまだぶるぶると震えていた。
デスクの足に寄り掛かり、何故こんなことになったのだろうと自問するけれど答えが出ることはない。
寒い、と思った。
冷や汗が外気によって冷やされ体温を奪っているのだろう、身にまとうものなどない。
ぼろきれと化したシャツは散らばっているけれど、もう着れるものではない。
ジーンズと下着は見当たらないから男が持っていったのだろう。
いくら男だと言っても全裸で助けを求めることなどできない……最悪、不審者として警察沙汰になるかもしれない。
警察に見つかれば……親しい誰かに知られてしまう。
そんなのは、嫌だ───。
「良い子にしてたんだね、偉いなあ……ご褒美にちゃーんとあっためたグリセリンにしてあげるよ。こっちのは冷えちゃったからお腹痛くなっちゃうもんね?」
戻ってきた男の手にはほかほかと湯気をあげるバケツ……おそらくさっき俺に注入したものと同じなのだろう。
「今度はさっきよりいっぱい入るよね?」
眼鏡男の笑顔は、俺にとってもはや恐怖以外のなにものでもなかった。
バタン、と扉が閉められる音……悪夢の続きだ。


「ちょっと周りが膨らんじゃったなあ、あんなに我慢するから腫れちゃったんだね」
一応綺麗に拭かれてはいるが、ナカまでは綺麗になっていない。
そこをいじられることに拒絶感はあったが態度に出すことはできなかった。
「ひくひくしてる……可愛いなあ」
ちゅう、と臀部に何度も男の唇が押しあてられる。
そのおぞましさに身体を震わせながら、どうせなら早く済ませてくれればいいのにと思う。
「このままじゃ痛いだろうからねえ、ワセリンを塗ってあげよう」
何か容器を取り出して俺の尻に塗りたくっていく。
べたっとしたそれがワセリンなのだろう、穴の周りから中まで何度も何度も塗りこめられる。
背中がぞわぞわする……執念深いほどの男の念入りな手つきに、嫌悪感より恐怖心がこみ上げてくる。
あの地獄の時間の前哨戦なのだ。
「ああ……いいよ。真っ赤に充血した粘膜がワセリンでテカテカ光ってて……こうやってちょっと指を入れて動かすと花弁が開いたり、閉じたり……」
かわいいと何度も繰り返す男の戯言など聞き流していたつもりだったが、指を動かされながら実況されているとソコの感覚が妙に敏感になってきてたまらない気持ちになる。
「やわらかくなってきたよ……ふふふ、イイねえ……イイよ」
レロレロと尻を舐められる感触と、中を弄られる感覚。
気持ち悪さと形容しがたい気持ちの間で、涙をこらえながら唇を噛んでいた。
「それじゃ、お待ちかねのキレイキレイしようね……どれだけ入るかなあ」
我慢強いから全部入っちゃうかも、などと男は笑っている。
軽く見積もってもバケツには4リットルは入っているだろう、さっき1リットルで死にそうなくらい苦しい思いをしたというのに全部だなんて……無理だ。
「はい、お尻上げて……よぉく見せて」
さっきと同じように顔を床に押し付け、腰だけを高く上げる。
早く終わらせて、早く帰りたい。
いや、帰れるのだろうか……俺は。
男の手が俺の尻にかかった。

さっきと同じく、ポンプを握る音と同時にナカに空気が吹き込まれる。
やがて床にぽたぽたとしずくが落ち、ワセリンをたぷりとつけられた尻にオレンジの管が差し込まれた。
男の指より細いが管が冷たくて背中がぞわっとしたが、すぐにじわりと温かさが感じられる。
十センチほどだろうか、差し込まれた位置を確認するように男は俺の尻穴をいじくり、再びポンプを握った。
液体が内蔵に押し込まれていく。
触覚はないが温感によって注がれるソレがどのあたりに流れ込んでいるのかがなんとなくわかった。
二回目の今はそれを考えるだけの余裕があった。
今はまだいい、圧迫感は感じるものの死を思うほどの苦しみはないのだから。
これから数分の後には死にたくなるほどの苦しさの中で、この男に許しを乞うのだ。
「うん、いいね……もう500ml入ったよ……凄いなあ、才能あるよ、しろー君」
そんな才能、いらない。
そろそろお腹がまた不吉な音をたて始めた、それに比例して滲む汗も増える。
お腹の中は異常に熱いのに、身体は寒くて、寒くて……額を床に擦りつけながら両手で自分を抱きしめた。
「もうすぐ1リットルだ……すごいよ。ああ、おなかが膨らんできたねえ……おへそが飛び出ちゃいそうだよ」
言いながら腹を撫でる男の手がやたら冷たくて身体が震えた、同時に下腹に力が入って張り詰めたような痛みが走る。
一瞬息が詰まって、そろそろと吐きだした。
「どれくらいいけるかな、2リットルはいけそうだよねえ……」
そんなの、無理にきまってる。
内蔵すら吐きだしそうな圧迫感にこっちは死にそうな思いだってのに、さっきの倍なんて不可能に決まってる。
「ん、何か言いたいことがあるのかい?」
男がポンプを握るのをやめて顔を覗き込んできた、眼鏡の奥のドンヨリとした目に俺がうつり込む。
「……むりだ」
ため息混じりの言葉に男は笑う。
ぎゅうぎゅうとポンプを握る、同時に腹の圧迫感が増した。
「無理って、何が?だってもうホラ、あと少しで1.5リットルだよ……だぁいじょうぶ」
もうそんなに入っていたのか、と思った。
床に顔を伏せた俺の位置からではバケツの中身がどれほど減ったのかなどわかる筈もない。
「ハラ……いたい……」
二度目だということで心構えは若干できているからパニックになることはない。
ただ、重ったるい腹が苦しくて、気を抜けば押し込まれた液体を吹き出してしまうという恐怖感がなけなしの力を振り絞らせる。
一度醜態を見せているのだから今更だとは思うけれど、常軌を逸した量の液体を吹き出す感覚はおぞましいとしか言いようがない。