学年としては九月始まりの六月終わりで一区切りとなるのだがそれは普通の学校の話で、この学校は事情が違う。
見習いといっても修道士であることには変わりなく、出家して神の家に入った時点で『家族』との縁は切られたも同然だった。
夏休みだからと言って実家に帰る者はいない。
七月と八月は学内のみならず他の修道院や教育施設へ出向いて講義を受けたり、それぞれの能力を高めたりと、夏休みを謳歌する普通の学生たちとはかなり違った様相を呈する。

『ステファノは帰るの?』
ゆるくパーマのかかった金髪を揺らしながら小柄なカミッロが、彼とは対照的に大柄なステファノにそう尋ねたのは六月最後の日。
着衣式(モナカッツィオーネ)と呼ばれる正式な修道士になる為のメッサが先ほど終わったばかりで、構内はいまだ騒然としている。
ここではいわゆる卒業式というものはなく、モナカッツィオーネを受けられれば良し、受けられないものは即ち落第を意味する。
今年も幾人かモナカッツィオーネを受けられず、他の修道士養成学校へ移ったり俗世へ戻る者が出た。
そんなモナカッツィオーネのメッサが終わり、正装から作業用の簡素な服に着替える為に寮へ向かう道すがら、カミッロが尋ねたのはステファノが今朝からそわそわし通しだったからだ。
みなそれを気にかけてはいたもののあえて聞かないでいた。
もとより疑問に思ったことをすぐ口にするカミッロにしては、午前中それを聞かないでいたことが奇跡のようだった。
『一週間だけ……な。爺さんが死んだらしい』
出家している身では身内の冠婚葬祭に自由に参加することもできない。
祖父は教会に多額の寄付をした『善良なる信徒』であった為特別に許可が出たのだと説明するステファノに、カミッロは気のない返事を返すだけ。
聞いておいてその態度はないだろ、とは思っても誰もそれを口には出さない。
ステファノは熱心な信徒である祖父に神の道へ進むようにとここへ入れられたというが、カミッロはそうではない。
士郎も詳しく聞いたことはないが、カミッロはその能力ゆえに半ば誘拐同然に親から引き離され、ここに入れられたらしい。
それを可哀そうだと思う者は少ない、別段珍しくないからだ。
士郎のように本人の意思でここに入ってくる者は少ない。
ただ、カミッロの場合は『精霊を見ることができる』という能力ゆえに、家族との話し合いや譲歩といったものはまったくなく、むしろ神に祝福された者が神の家に入るという当然のことを妨害したとみなされ、両親はもとよりその家族親族に至るまで聖堂教会から永久追放されたという。

──精霊は神の声を伝える者、即ち神の一部である──

そうした教義を正しく理解していればなおさらカミッロの家族がしようとしたことは教会への反抗、つまり神への背反ととられても当然だった。
少年たちは初めこそ「何故自分が?」と自問自答するが、そのうちに学校の教育によってその認識を改めていく。
神に祝福された能力を持つ己が神の家に入るのは当然なのだと、時間をかけて徹底的に刷り込まれていくのだ。
たいていは一年、早ければ数カ月でその刷り込みは終わるのだがカミッロの場合はそれにあたらないようで今でも時折家族を心配してはここを抜けだそうとし、その度に懲罰房入りになる。
どれだけ懲罰房に入ろうと、どれだけ悪い成績であろうと……カミッロ自身が自分の役割を見出すまで、ここを抜けだすのはおそらく天に召されてなお無理だろう。

これは非道ではない、道に則った正道である。
そういった思いが既に根付いた少年たちにはカミッロの気持ちがもう理解しきれない。
自ら進んでこの道へと進んだ士郎にはなおさら。
『お前ら、とっとと着換えろ!』
寮の部屋に入ると一足先に戻っていたらしいダリオが頭ごなしに怒鳴った。
みなそれぞれ自分のベッド下の引き出しを開け、着替えを始める。
カミッロだけは戸口に立ったままそんな同室の者たちを眺めている、それは今更のことでダリオも一々注意しない。
そうしたカミッロに対する無関心が、その事件を引き起こしたのかもしれなかった。





図書館は今日も静かだ、最上級生の多くは既にここではない場所へ赴任しているし、他所に出向している生徒も少なくない。
静かな構内の中でも図書館は特に静かだった。
その静けさを破るように足音が響く。
『シーロ、手紙だよ。それと授業のノート返すね、ありがとう』
医務室に泊まり込んでいたオットが戻ってきたのは七月になって間もない頃、以前より少しふっくらとした顔にほっとした。
倒れた時の顔は以前より肉が落ちていたし、顔色も悪かった。
ステファノも体が軽かったと心配していた。
今は血色よくつやつやとしていて……けれどどこか覇気がない。
『手紙……あ、マストロからだ……』
『シーロのマストロって、代行者なんだっけ?』
『そう。世界のあっちこっちで悪者をやっつけてるんだ』
簡素な洋型の封筒を開くと文面もまた簡素なもので、ギルガメッシュと一緒にイタリアへ来ている、とあった。
仕事が終わり次第学校へ行くので詳細は追って知らせる、とも書いてある。
『来るの?』
『来るって』
『へえ……嬉しい?』
『嬉しいさ』
『良かったね』
『うん』
たった一枚の便せんを三度読み返し顔をあげるとオットが俺をじっと見つめていた。
以前はなかった、何か考え込むような意識を遠くに飛ばしているような顔。
最近こんな表情をよくするようになった。
こういう時は話しかけてもまともに返事が返ってくることはない。
『いいね、シーロは』
それだけ言うと出口へと向かう。
その背を追って見ていると、扉のところにカミッロが立っているのが見えた。
二人は顔をよせて何かを話し、連れだってどこかへ行った。
最近あの二人はよく一緒にいる。
以前はオットは俺と、カミッロはステファノと一緒にいることが多かったのに、最近はオットとカミッロがよく一緒にいる。
自然、あぶれた者同士俺とステファノが一緒につるむ様になった。
ステファノは体が大きくて、西洋武術の師匠についているから体術の相手にはもってこいだった。
そうしてステファノと一緒にいるうちに、オットは段々俺と話さなくなった。
別に仲が悪くなったわけではないから、俺は特になにもしていない。
隣のベッドだから顔を合わせれば挨拶だってするし、勉強を教えあったりもする。
ただ、『その他大勢』の友人と同じ程度になっただけだ。

『シーロ……探したよ。熱心だね、何の勉強してるの?』
『ボニファチオ……これは日本語の自習だよ』
『ああ、君は日本人なんだっけ……』
ボニファチオは主席でモナキーノと呼ばれる若年の正修道士になった、成人すれば自動的にモーナコという正修道士となる。
聖歌大隊への入隊が間近だと聞いていたので、これが最後の会話になるかもと思った。
『最近、オットの様子はどう?』
『たぶん、普通ですよ。元気みたいです』
『え───たぶんって』
『最近オットと一緒にいるのはカミッロだから、俺あんまし話したりしてなくて。でもベッド隣だし、具合が悪そうとかそういうのは無いと思いますけど』
『カミッロと……?』
表情が曇るのを見て、まずいことを言ってしまったのだろうかと心配になった。
『えーと、もともとオットと一緒にいたのは、俺がイタリア語が下手だったから、オット以外話し相手になってくれなくて、でも今はちゃんと喋れるから他のみんなと話せるし……仲が悪くなったとかじゃないです』
『ああ……うん、そうだったのか。僕はてっきり……』
親友なのだと思っていた、そう言ってボニファチオはため息をついた。
その落胆ぶりに申し訳ない気持ちでいっぱいになるけれど、こういう時どう言えば良いのかわからない。
『僕は今晩ここを発つ。北欧に派遣されることが決まってるから、当分ここに戻ることは叶わない……オットが心配なんだ』
『だったら、オットに直接言った方がいいですよ、その方が喜びます』
『……僕は警戒されてるみたいなんだ、会おうと思っても見つけられない。カミッロ……あの子、精霊が見えるっていう子だろ?たぶん彼が一緒にいるから、僕が近付くと逃げてしまうんだ』
意味がわからない。
精霊とか、逃げるとか……オットはボニファチオがどんなに素晴らしい先輩で、どんなにすごい歌唱者かをよく熱のこもった口調で話していたから。
『オットを守ってあげて……僕にはもうそれができなくなってしまう』
『守るんだったら力の強いダリオとかステファノの方が……』
『君だ……シーロでなきゃだめだ。きっと、この先とてつもないことが起こる。その時にオットを守れるのはシーロだけだって……』
『なんで、そんなことが言いきれるんですか?』
良くないことが起こると予感していたのは自分だけではなかった、その事が不安を煽り始める。
ただの勘だと言ってくれればいい、そうしたら心配性なんですねと言うだけで済む。
けれど、俺の期待に反するようにボニファチオの目には確信した光がある。
『……僕は精霊の声が聞こえる。カミッロのようにいつもというわけじゃない、だけど時折たいせつなことを教えてくれる。それは言葉ではない、音ですらない。だけど 僕にはわかる』
俄かには信じがたい話だった。
精霊が見えるカミッロも希少だけど、精霊の声が聞こえる、つまり神の宣託を直接受ける能力となれば聖堂教会が放っておかない。
『……秘密だよ、この能力は僕の師匠、マエストロ・アウグストですら知らない。僕と死んだお婆様しか知らないんだから』
『なんで……その能力があれば、もっと凄い仕事に就けるでしょう?』
『アハハ……それはね、僕は歌うのが好きだからだよ、聖歌を歌うのも、カンツォーネを歌うのも、ね。こんな能力のことを知られてしまったら、歌うことより聞くことに専念させられるだろうから。時に能力が足枷となる……』
君にはまだわからないかな、と言ってボニファチオは笑った。
俺には特別な能力など、ない。
魔力の鍛練も遅い。
俺には『特別』がない。
うらやましいと思うそれを、ボニファチオは足枷と言う。
『シーロ……道を間違えないで』
そう言って俺の頭をなでると、別れの挨拶もしないままボニファチオは踵を返して図書館から出て行った。

能力が足枷……それはカミッロのことだろうか。
カミッロは能力が無ければ家族を引き離されることもなかったのだろう。
けれど、『能力』は神様がその人に与えたものだ。
それにはきっと意味がある。
それを隠してしまうのはやっぱり違う気がした。


それから数日経って、実家に戻っていたステファノが戻ってきた。
酷く機嫌が悪く、顔を合わせれば実家の愚痴をこぼされた。
『それでさ、爺さんが死んだってのに相続権がどうとかって、酷いもんだ!……さっさとモナキーノに上がりたい、そしたらあんな俗物とはきっぱりすっぱり縁が切れるからな』
『あと五年の辛抱だろ?』
いい加減うざいくらいの愚痴に辟易していると、ダリオがこちらに走ってやってくるのが見えた。
『シーロ、手紙だぞ!』
『ありがとう……あ、マストロからだ』
『あの強いマストロ?えー、何て書いてあるんだ?』
日本語で書いてあるそれを覗き込んだステファノだったが、すぐに『なんだこの文字、わかんねー』と笑い始めた。
『今晩到着するって書いてある……』
『今晩って、えらく急だなあ』
『消印は四日前だ……から、まあ、仕方ないかも』
郵便事情は良くない。
手紙が訪問に先行しただけまだ良い方だと二人で笑った。
そろそろ夜のメッサの時間だと寝転がっていた寮のベッドから起き上がり、他の同室のみんなと一緒に聖堂へ向かう。
ふと見渡して、カミッロとオットの姿が無いことに気付いた。
最近あの二人はよく姿をくらます、責任感の強いダリオももう探そうとしなくなった。
ふと、ボニファチオの言葉を思い出す。
オットを守ってほしいと言っていた……けれど肝心の本人がいないのだから守りようがない。
『シーロ……どうした、置いてくぞー?』
ステファノの呑気な声に被さるようにして、ゾクッと背中を這い上るものを感じた。

嫌な、予感。
今までの比でないそれに吐き気を催した。
けれどそんなことに気を取られている余裕はない、と本能が告げる。

行け……手遅れにならないうちに
ここで引けば取り返しのつかないことになる
後悔したくなければ『そこ』へ行け───

『シーロ、どこへ……聖堂はそっちじゃないだろ!おい、シーロ!』
走り出した俺を止める者はない。
足の速さなら自信がある。
追ってくる足音がいくつかあったが、構ってなどいられない。

走って、走って、目指す先に現れた古びた木の扉を力任せに押し開ける。
ギィィと酷い音がして視界が赤色に染まる……夏の遅い夕日が、ロッサ・アッセンブリを単色に溶かしこむ。
真っ赤になったのは光のせいだけじゃない。
男が苦悶の表情でのたうちながら血にまみれていた。
両眼と口から夥しい血を流し、そして乱れた服の隙間から体が血にまみれていることがわかった。
そんな男を見下ろすように、アッセンブリ正面の祭壇に立つ少年……オットの姿があった。
何も纏っていない身体は、縦横に酷く傷ついて血が滲んでいた。
けれどそんなことに気づいていないかのように、オットは両腕を広げ、大きく息を吸い込んだ。


───Recordare!(思いだしたまえ)───


オットのボーイソプラノに重なり、低く地を揺るがすような声が重なる。
否、大地が共鳴するが如く地鳴りが鼓膜を揺さぶる。
これが、オットの歌……オットの真の能力。
今まで聞いてきた歌とは次元が違う。
声とは別の力がそこにはあった。


───思い出したまえ 悪なる者ども
    己が悪を受け入れた日の事を
    神は正しき者をお選びになった
    悪なるものを排することを決められた
    滅せよ! 滅せよ! 滅せよ!
    審判は今この時なり 神は正しき者を違えない───


びゅう、と風が舞う……いや、閉ざされたこの空間に風などない、「何か」がオットの歌にいざなわれるように荒れ狂っている。
『凄いでしょう、オットは……』
『カミッロ……なんで?いや、オットを止めなきゃ……なんか、おかしい』
『おかしくなんかないよ……悪者に天罰が下ったんだ。あんな奴、死ねばいい』
『死ねばいいって、アレは……』
見覚えのある体格だった。
血にまみれた容貌は判然としない、けれどその人を毎日のように見てきたからわかる。
アレは───
『馬鹿言うな!マエストロ・アウグストだろ、助けなきゃ!』
『あんな奴が助かるものか───!ボクには見える、精霊たちは怒ってるんだ!オットは神の声……オットの怒りが、悲しみが、精霊たちに伝わってる!精霊たちは怒ってるよ!こんな奴は消えた方がいいってね!さあ、天罰だ!ボクたちに嫌なことばかりする悪者なんか、消しちゃえ───!』

おかしい……いや、おかしくないのか?
「何か」があって「あの人」は罰を受けてる……神の目と神の声を持つという少年たちによって、神の分身である精霊が「あの人」を攻撃している。
神の領域に踏み込んだことのない俺にはわからないことなのか───引くべきかと思ったその瞬間、また嫌な気配がした。
違う。
『コレ』は違う───!

『カミッロ、オットを止めなきゃ!』
『無駄だよ……精霊はもう止まらない。オットの怒りの歌に目が覚めたんだ、もう、誰にも止められないよ』

───滅せよ! 滅せよ! 滅せよ!───

一層激しくなる歌と地響き。
もう耳がおかしくなってきていて、立っているのもやっとだった。
それでも俺は膝をつくわけにはいかない。
だって、ボニファチオに言われた……オットを守れ、と。
俺には聞こえる……怒りの歌にかき消されそうな、か細い歌声が───。
俺は知っている、その声が『悪』ではないことを───。

俺が目指すのは正しい世界。
カミサマが作った、美しいこの世界を守ること。
その為に必要なのは、悪しきモノを狩ること。

さあ、聞け───悪しきものはそこに在る。
正しきモノが泣きすさぶその声を聞け───!
守るべきものを見誤るな。
倒すべきモノは、そこに在る!


───滅せよ! 審判は今この時なり 神は正しき者を違えない───
───Salva me...(かみさまたすけて)───
───滅せよ! 滅せよ! 滅せよ!───
───Salva nos...(ぼくたちをたすけて)───
───滅せよ!───


誰かが、俺を呼んだ気がした。
けれど、走り出した俺に振り返ることはできない。
止めなければならないのだ、俺は。
悪者は倒さなければならない。
けれど、それ以上に、守らなければならないものがある。

神様が創った美しいものたちを、守らなければならない。

オットを祭壇の上から引きずり下ろす。
俺が守るべきものはオットではない、ましてマエストロでもない……目に見えないものたちを救わねばならないのだと直感した。
そのためにはオットを止めなければ───。
口を封じても歌は止まらない。
そう、ボニファチオが言った通りそれは言葉でなく、音ですらない……形容しがたいそれこそが、神域の歌たる所以なのかもしれない。
オットを抱きしめて止めようとする俺を拒むように、目に見えないものが俺を傷つけていく。
きっと同じものがマエストロ・アウグストにも襲いかかったのだろう。
彼にまだ息があることはその呻き声でわかるが、果たして助かるかどうかなど今の俺には関係なかった。

『なにしてるの、シーロ!そこにいるとしんじゃうよ……みんなみぃーんな、ボクたちの邪魔するやつはけしてやるんだから!』
『馬鹿野郎!お前は見るばっかりで聞こえないのか!?コイツらの声……聞けないのかよ!』

───Salva me...(タスケテ)Salva nos...(タスケテ)───

その声を俺は識っている。
赤色の世界で助けを求める声を識っている。
あいまいな記憶の中で最古のそれは、赤色から唯一生還した俺に向けられていた───。

『今…たすけ…………』
『ふ…ざ……けるなぁあああ!』
ロッサ・アッセンブリという空間を引き裂くような、割れ声だった。
世紀の歌唱者と謳われた男のものでは最早ない。
立ちあがる気配と、男の『歌』がオットのそれとぶつかり合い、激しい衝撃をまき散らす。
既に体中を引き裂かれ、立っているものやっとな俺にはもう防ぎようがない。
『だれが…だれがお前を育ててやったぁああああ!この私だッ、お前の能力は私のものだ……!』
『あんたがほしいのは能力だけじゃないだろ……オットのぜぇんぶが欲しくてたまらないんだ!薄汚いクソ野郎……おまえなんか死ねばいいんだ!さあ、オット……仕上げだ!こいつを消してしまわなきゃ!』
───ボクたちは帰るんだ、あるべき場所へ。
    オットはその力を如何なく発揮できるところへ、ボクは家族の元へ。
    誰にも傷つけられない、虐げられない世界へ戻るんだ───
カミッロの呪詛のような叫び声がオットを揺さぶる。
同時に俺を切り裂くものも段違いに増えた。

もう───もたない。
ちがたりない。
からだがちぎれる。
てもあしもばらばらになってくずれていく。
たすけて……たすけて……だれがいってる……それはだれ……おれ?
ぎち、ぎち、おとがする。
だれだろう。
めをひらくとせきしょくがひろがる。

赤色の世界に、黒い影……アレは………………

「やっぱり……きれいだ───」



ぐるぐる回っている。
世界が、視界が、オレのナカが……回っている。
ぐるぐる、ぎちぎち、ぐるぐる、ぎちぎち…………そう、これは俺の魔術回路。
フル稼働の溶鉱炉が真っ赤な鋼をぶちまけていく。
聳え立つ鋼。
それは原初の記憶。

『だれ───!?』
「ほう、目覚めたか……」

懐かしい声に、閉じかけていた瞼をこじ開ける。
そこに見えたのは、俺から生えた鋼の剣に串刺しにされたオットの姿だった。