Touched up the sheath/鞘を刺激す




 時はそろそろ梅から桃へと彩を変える頃。
 繰り上げて実施された期末テストからの帰り道。ちょうど中天に差し掛かる太陽はほのかに暖かく、ぬるい風が頬をなぜる。左手に学校のかばん、右手にスーパーの袋を持って商店街の人ごみをぬって歩く。

 柳洞寺をはじめ聖杯戦争においての戦場となった各所での復興作業はおよそ着手されていた。ただし不可解な10年前の新都での大火に続き、度重なる事件のせいかこの町は一種の欝状態に陥っているらしい。復興というよりは触れず触らずといったふうに、整地して痕跡を隠し公園にしてしまう。
 それじゃあ何の解決にもなってないだろうに。
 ―――いや、この町に聖杯が現れる限り、解決なんてしない。魔術師がその秘蹟を求める限りは、永遠に続くのだろう。
 でも、だからと言って見過ごすわけにはいかない。ふと足を止めた目の前でブルドーザーに押し崩される家々は、その住人を根こそぎどこかのサーヴァントの餌食にされてしまった。もう二度と、せめて俺がいる間には、このようなことが起こらないようにと……拳を握った。

「ただいま」
「……遅い、我を待たせるとは良い度胸だな、雑種。昼には帰るといったであろう。」
 玄関の戸を開けるなり仁王立ちしているその男に見下ろされる。ただでさえバカに高い身長が、土間と廊下との段差と相まって見上げるようになる。
「悪い、スーパーが混んでて……。すぐに昼食の支度、するから。」
 居間へと歩きながら軽く謝罪するが、背後の男――ギルがメッシュは機嫌を直そうとはしない。それにももう慣れた。 ……慣れたというより、慣れる他に術が無い。
 古代の王様は自論を崩すということは絶対にしないし、譲歩するというのも稀。この男と暮らし始めて既に二週間余りが経過して、俺はかなり忍耐力がついたと思う。あの皮肉屋のアーチャー以上の、天然の、根っからの王様には庶民の理屈など通用しない。
 それでも俺はかまわなかった。この男を葬るだけの力は俺にはもうなかったし、手札も見せてしまった後だ。遠坂とセイバーも英雄王相手に渡り合えるほどの余裕はないだろう。それなら『人を傷つけるな』という俺の言葉が守られる限り、この男をセーブする消耗品になったとしても……仕方ない。

「時に、雑種。」
「何度言ったらわかるんだよ。俺は士郎だ。雑種、じゃない。」
 一日に数度繰り返されるこの会話は不毛としか言い様がない。どうせ改善されることが無いとわかっているから。
「貴様をどう呼ぶかは我が決める。……それでだな、雑種。我は……」
 予想通りの答えに小さくため息をつく。それに気づかない様子でギルガメッシュは座卓の上座に当然というように腰を下ろす。
 その日その日、ギルガメッシュは勝手気ままに過ごしている。今日は今日で、バイクを駆ってどこかに行ったらしい。つまらなさそうに話すその口ぶりにいつも、だったらこの町を出て行けばいいのに、と思う。実際そうされれば他の町で何をされたことかわからないし、聖杯を狙っているこの男がそう簡単にここを退くことは無いだろう。

「疲れているのか、雑種?」
 珍しく気遣うような言葉に、昼食の支度をしていた手元から視線を上げる。
「別に、……いや、少し疲れてるかもしれないな。でも大丈夫だ、昼食の後洗濯物を取り込んだら少し休むから。」
 赤い双眸が俺を見る。俺の全てを見透かしそうなその目はすぐに逸らされたが、それでも俺は落ち着かなかった。この男の前では何を取り繕っても無駄だとわかっていても、本能的に身構えてしまうのはもうどうしようもないこと。
「昼餉は何だ?」
「葱とシーチキンの和風オムレツ。大根おろしと紅葉卸なんかも添えて、柚子と醤油と酢で作った特製ゆずポンで食べるんだ。」
 他にも菜の花の和え物ととろみ汁を加えて、一汁一菜の簡単な昼食。この男は30分以上待たないし、二人きりとなるとどうしてもシンプルなメニューになってしまう。それでも今まで一度もケチをつけられたことは無いので、当分はこのスタイルだ。

 静かな食事時。藤ねえはテストの採点と生徒のケアに忙しく来週までは食事に訪れることはない。
 この男と向き合っての食卓というのはどこかやはりぎこちなくなる。その原因の大部分は俺が抱えるギルガメッシュへの嫌悪かそれに近い感情。
 白に混じる赤。大根おろしと紅葉卸をぐちゃぐちゃに混ぜてゆずポンをぶっかける。かけすぎてどす黒くなったソレを無言で平らげる。
 早々に食後のお茶に突入したギルガメッシュの食器と自分のとを洗い、居間から直接庭に出る。ガラス戸を開けたところから視線を感じていたが、気にしないふりで……。

 春のさわやかな風に誘われるようにはためく洗濯物をとりこむ。ギルガメッシュの衣服は多くは無い、ほとんどはクリーニングの世話になるものばかりだからだ。
 居間に戻ってひとつずつ丁寧に、そして迅速にたたんでいく。全てをきっちりと重ねて廊下に出る。自分のとギルガメッシュのとを分けてそれぞれの引き出しへ仕舞う。
 ―――これで後は夕飯まで休んでいられる。

 どうしてかこのごろ疲れが取れない。布団を敷くのも面倒で畳の上にごろんと横になり、薄掛け一枚に潜った。
 さわさわと、庭木がさざめくのを遠く聞きながらゆっくりとまどろみに落ちていく。
 泥に飲まれるように。
 薬液に溶かされるように。

 よほど疲れているのだろう。
 朧ろげにも意識の淵に引っかかっているというのに、まぶたは開かないし体も動かない。レム睡眠というやつだろうか。目覚めが近いような、遠いような、微妙な感覚だ。
 今まさに寝たばかりだから、まだ眠らせていて欲しい。
「は……」
 深い眠りに入ろうと意識を手放そうとしたのに、甘い揺らぎにそれを邪魔をされた。蜜に満たされた揺りかごでたゆたうように、けれど四肢を絡め取られるような……。
「は…ぁ……あ―――!」
 息が出来ない。蜜にずぶりと埋もれ、呼吸が阻まれた。

 動かない手を意識の中で精一杯伸ばした、その先に、炎の揺らぎが見えた。低温の炎は赤く、温度が高くなるほどに黄色くなり、白くなり、蒼白となる。それは蒼白くいて、それなのに……冷たい。
 そういえば熱すぎるものに触れると逆に冷たく感じると聞いたことがある。かつて在った炎の中ではひたすら熱さしか感じなかった。アレを超えるものがあるのかと思うと、なぜか笑いが漏れそうになる。
「何がおかしい―――」
 確かに誰かの声が聞こえたのだけど、欠片の意識にしがみついているだけの俺には理解が出来ない。
 ざわざわと、遠くでさざめきが聞こえる。それがあの庭木なのか、鼓膜の奥に流れる血流なのかわからないまま、俺は深い眠りに落ち込んでいった。


Touchy guy/短気で変なあいつ

 酷い頭痛で目が覚めた。
 障子の向こうから紅い日差しが部屋を照らしている。手を伸ばして手繰り寄せた時計は五時過ぎを指していた。
「夕飯の支度をしなきゃだな。」
 よっ、と勢いよく体を起こすと、やはり頭がクラリとした。冷え性でもないのに指先が冷たく感じられて、空手を何度か握って様子をみる。おかしい様子はない。
「疲れか、貧血か……」

 廊下に出ると庭から赤々とした夕日が目にまぶしかった。廊下を歩いていくと居間の方から音が聞こえてきた。きっとテレビの音だろう。襖を開けると案の定、ギルガメッシュが夕方のローカルニュースを見ていた。
 大人しくしていてくれるのならばこちらも文句はない。無言のまま台所へ向かう。二人だけの食卓に何を作ろうかと考えながら冷蔵庫を開けた。野菜はあまりない、冷凍していた鶏肉を使うか、それとももらい物のイモ類を片付けてしまうか。
「おい、雑種。」
「……」
「こちらを向け、雑種。」
「…………」
「耳が聞こえんのか、雑種。」
「………………」
「返事をせねばこの辺り一帯が焦土と化すぞ、雑種。」
「……だから、雑種じゃないって。何度言ったら分かるんだよ、アンタ!」
「聞こえているのではないか。」
 振り返るとすぐ後ろに腕組みをして立っているギルガメッシュがいた。

「夕餉は何にするか決まっているのか?」
 珍しくまともなことを聞かれて少し驚いた。口を開けば一にも二にも王様発言の連続が常で、会話らしい会話はなかなか珍しい。
「いや、今決めてるところだ。」
「そうか、ならば今夜は新都へ行くぞ。」
「……は?」
「着替えて支度を済ませておけ。」
 言うが早いか踵を返す。そしておもむろに携帯電話を取り上げると二つ折りのソレを開いた。
「アンタ……携帯なんて持ってたのか。」
「今の時代、一人一台が当たり前であろう?」
 当然のごとくそう言い切ってどこかへ電話をかけるようだ。
「我だ、至急店の予約を取れ……」
 横暴とも言えるその言葉にもかかわらず、コトはスムーズに進んでいるらしい。どのみち自分の意見がそこに汲まれるわけではない、今は言われたとおり着替えてくるのが先だ。

 居間を出て廊下を自分の部屋へと歩く。その間にふと気になることを思った。
「予約がいるようなレストランに行くのか?」
 あの男のことだから超高級レストランを予約しているとも限らない。どういうわけかお金に困らない超王様だ。かと言って戻ってわざわざ聞くのも癪に障る。
 どのみち自分が持っている服はあまり品が良いとはいえない。Tシャツ・ジーンズ・スニーカーだけは流石に避けるとしても、そんなにお上品にまとまった格好はできない。今まで着る機会もなかったから持ってもいない。
「……気にしてもしょうがないか。」
 願わくは超が付く高級店ではありませんように、と祈ってどうにか選んだ服を箪笥の引き出しから引っ張り出した。

「用意できたぞ、いつ出るんだ?」
 居間へ戻るとさっきと同じ場所に座ってテレビを見ていたギルガメッシュが振り向く……そして俄かに顔を歪めるとまた電話を広げた。
「予定変更だ。遅い時間にしろ、その前に……」
 なにやら店名らしい横文字をズラズラと並べている。営業時間を延ばせとかそういうことを言っているらしい。この王様は気まぐれにそんな無理難題を押し通すから、電話の相手もさぞ困っていることだろう。
 話しが終わったのか携帯を折り畳むと俺を促して玄関へと向かう。久々に履いた靴はどこか履き心地が悪くて歩きにくい気がした。
 玄関の鍵を閉めて門を出たところに……黒塗りの大きな車がアイドリングで待機していた。
「なんだよ……コレ」
「車だ、見てわからんのか?」
 呆れ顔の男はスッと開かれたその後部座席に当然のごとく乗り込む。促されては士郎もそれに乗らざるをえない。革張りのシートと木目が美しい内装は防音シールドに阻まれて運転席を隔離されている。どこからどう見ても高級車というそれに落ち着かない。
 ベンツなら旧家の多いこの辺りだ、お隣をはじめ近所でも乗る人が少なくはない。しかし、コレは日本ではマイナーかつ、非常にお高い車だ。
「アンタの車?」
「いや。我は車は好かんのでな、所持しているのは二輪のみよ。さっきチャーターさせた。あいにくロールスが空いてなくてな……まあ、こっちの方が我の好みに合っている。」

 滑るように走る車の乗り心地は悪くない。ただ居心地は悪い。見慣れた景色が車の窓からは似て非なる別の国のようだ。自分にとってこの車は分不相応で、隣にゆったりと座る男同様に心安らぐことがない。
 深山町と新都を結ぶ橋を渡るとたいぶ薄暗くなった空をネオンや高層ビルの警告灯が明るく照らし出す。
 駅前の大通りを過ぎ、デパートや高級店が並ぶ、新都でも少し静かな通りに入って車はゆっくりと止まった。
「行くぞ。」
 運転手が恭しく開けたドアから外に出ると、目の前の洋服店……この際ブティックと呼んだ方がしっくりくるその店から黒スーツの店員がずらりと並んでドアを開けて待っていた。
 嫌な予感がする。
「……なあ、夕飯食べに行くんだよあ?」
「ああ、そうだ。しかし雑種、貴様の格好では連れて行く我の品を問われるからな。」
 すっぱりと言い切られて嫌な予感が的中していることを呪った。

「ようこそいらっしゃいませ、ギルガメッシュ様。」
「こいつを適当に仕上げろ。」
「かしこまりました。衛宮士郎様でございますね、本日担当させていただきます店長の平野です。」
「へ?―――な、ちょ……」
「こちらへどうぞ、用意はできてございます。」
「え、なんで……!」
 ズルズルと奥の方へ引きずられる俺を見もせず、ギルガメッシュは用意されたソファにゆったりと腰掛けて差し出された紅茶のカップに口をつけていた。
 押しの強い店長以下数人の店員に服を剥ぎ取られ、気がつけば慎二が学校で見ていた雑誌のモデルが着ていたような服を着せられていた。ピッタリとしたシャツに同じくピッタリとしたパンツ、それにファー付きの細身ジャケット。更にあまり実用的でなさそうな靴を履かされてはなんとも歩きにくい。
 香水の匂いが凄い男に髪を弄られて見せられた鏡には、不機嫌そうな俺の顔と、似合っているのか似合っていないのかわからない服を着た体が映っていた。
「よくお似合いですよ。」
「……はぁ」
 ため息とも返事ともつかない生返事を返して、ギルガメッシュの前まで連行される。
「いかがでございましょうか?」
「ふむ、いいだろう。支払いはこれで。」
「かしこまりました。」
 差し出されたカードを受け取り店長はまた奥へ引っ込んでいく。この際カードの色が黒かったことは気にしない。この王様を相手にいちいち驚くことの方が疲れる。

 俺でも流石に知っている店名がプリントされた袋にさっきまで着ていた服と靴を入れられた。受け取ろうとした手は空ぶって、店長が俺の後ろから持ってきてくれるらしい。店長以下揃って並んだ前を歩いて店を出て、停まっていた車に乗り込む。この辺りが駐車禁止だとかそういうのは気にしないらしい。
 腰を直角に折って見送られて更に居心地が悪くなった俺は車のシートに埋まりこむようにしてうつむいた。
 車は幾分もたたないうちに駅近くのホテルのロータリーに入った。はっきり言ってさっきの店からなら徒歩5分もしない距離で、わざわざ車で来なくても良いように思う。
「いらっしゃいませ、ギルガメッシュ様。」
 居住まい正しいドアマンが当然のように頭を下げて道をあける。
「あんた、そんな有名人なのか?」
「何かおかしいことでもあるのか。」
 行く先々で名前を知られているなんて普通はありえない。雰囲気からして悪い意味で知られているようではないからひとまず安心していいのだろうけれど。
 ロビーに入ると見るからに偉そうな男が待ち受けていた。
「副支配人の竹屋でございます。本日、支配人の鶴見がおりませんので代わりにご挨拶に参りました。」
「構わん、それより予約の方は?」
「もちろんご用意させていただいております。ご案内いたします、こちらです。」
 おそらく普通に使われるエレベーターとは別の、やや古めかしいそれに乗り込む。ボタンはないから直通エレベーターなのかもしれない。副支配人が鍵を差し込むと微かな浮遊感を伴ってアナログな針が階層を指し示していく。
「既に用意させてございますので、ごゆっくりどうぞ。」

 やはり、また待ち受けていたスーツの男に先導されて、広々とした個室に案内される。大きな鉄板のあるカウンターだけのその部屋には、シェフが3人待ち受けていた。ギルガメッシュと会話を交わしながら鮮やかな手つきで小鉢を用意していくシェフの胸には料理長のネームプレート。得意は和食といえど、盗める技術はできるだけ盗んでおきたい。
「湯葉とつくしの水煮です、桜の塩漬けが添えて有りますのでご一緒にどうぞ。」
 うちはジャパネスクフレンチなんですよ、と気さくに話しかけてくれる料理長の手さばきはとどまるところを知らない。ちょっとした質問をすれば期待以上の答えが返ってくる。料理が好きなのだといえばそれは結構とばかりに、小技を教えてくれる。
「あの、良いんですか?そういうのって秘密だったりとか。」
「何にも勝る技は経験とそれに基づく閃きです。こればかりはお教えしようとしてもお教えできるものではありませんがね。」
 なるほど、と頷きながらしっかりとした味を噛み締める。

「オードブル、アワビとキャビアのジュレ、ペリゴール・トリュフ添えです。」
 横文字に弱いのは自他共に認めるところだが、キャビアやトリュフが高級食材のソレだというのは分かる。簡単に説明とそれにまつわる話しを交えながらもやはり手は動いている。凄い、と感心する俺を傍目にギルガメッシュはシャンパンを飲んでいる。
「緑豆のポタージュスープです、魚料理はどういたしましょうか?」
「任せる。」
「かしこまりました。」
 ギルガメッシュの注文は腹が立つほど多いのだが、今日はやけに相手に任せている。普段の俺に対する態度とはえらい違いだな、とあきれ半分に隣を伺う。
「ギルガメッシュ様には当レストランをよくご利用いただいておりますから、こちらに任せていただくことも多いのですよ。お客様もご要望がありましたら何なりとどうぞ。」
 それを見透かしたように料理長が笑った。
「こちら舌平目とモリーユ茸のブイヨンです。他に魚介類で好きなものなどございますか?」
「え……」
 たずねられてパッと浮かんだ魚の名前を必死に打ち消す。普段の食卓に上るような魚を挙げれば笑われてしまいそうだ……特に、隣に座っている男に。
「え…えびです、エビ。」
 無難に答えたそれに料理長は了解したと言うように頷く。
「では……こちらにいたしましょう。」
 そう言って差し出されたのは活き車海老。木箱にしきつめられたおが屑の中で眠らされているらしい。それをむんずと掴んで、油をひいた鉄板の上に転がす。途端にびちびちと跳ねる車海老を要領よく焼き上げていく。綺麗に焼きあがったところでサクサクと食べやすい大きさにぶつ切り、それを綺麗に皿に盛り付けて差し出された。
「硬いところは取り除いていますから、頭から尻尾まで丸ごと食べられますよ。」
 出されたものを食べないわけにもいかない。ギルガメッシュも大人しくぱくついている……食事中は普段に比べていくらも静かだから珍しくもないが。

 結局その後もフィレステーキと焼き野菜、ガーリックライスとコースが続いた。
「サロンへどうぞ。」
 黒スーツのボーイに先導されてソファとローテーブルのある部屋へ案内される。一度下がったボーイがテーブルの上にお皿を置く。
「ブリー・ド・モー・エ・トリュフ・ヌワール、ブリーチーズと黒トリュフでございます。りんごを細かく刻んだコンカッセに最高級メープルシロップをかけております。シロップが熱いうちにお召し上がり下さい。」
 こうも至れりつくせりだと妙に居心地が悪い。相変わらずギルガメッシュはだんまりで、眉間にシワが刻まれている。そんなに嫌なら俺を連れてこなければいいのに。
「ブラックチェリーとストロベリーのソルベでございます。」
 食べきった頃を見計らって紅茶とデザートが来た。気のいい料理長がいない今、スプーンと皿が掠れる音ばかりが響く。

「またお越しくださいませ。」
 副支配人に見送られながらまた車に乗り込む。ただ服を着替えさせられて夕食を食べただけ。それだけなのに凄く疲れた。
 なるべくギルガメッシュから離れて座ると、とろとろと自分が睡魔に飲み込まれていくのがわかった。起きていても苛立つだけなら寝てしまった方が楽だ、そう思って抗わず目を閉じた。