Touching boy/哀れな少年




 車の柔らかな揺れが心地良い。
 最近の体調の悪さも相俟って眠りに落ちるのは簡単だった。ウィンドウに頭を預けて、時折街頭がちらちらと瞼の向こうから光をあててきても気にならない。
「寝たのか?」
 抑えられた声は聞き覚えがある。うちに居候しているアイツだ。
 そっと腕を取られるのがわかった。次に微かな痛み。それが何なのかわからないうちに、ひたり、と湿ったものが手首の傷口に触れてくる。痛くて、くすぐったい。

「ん―――」
 無意識のうちにそれを退けようと自由な左腕を伸ばしたが、それもすぐに捕らえられた。
「何だよ……」
 ぼんやりと目を開いた。やっぱりまだ車の中で、時折街頭が車内を照らす……鉄骨が見えるからおそらく大橋を渡っているところだろう。
 持ち上げられた右腕がだるい。
「うん……あ?」
 夜目にも赤いそれが視界に入る。己の手首から滑り落ちる朱と、余さず掬う紅と、俺をひたと見据える赤の瞳。
 状況を理解するより早く両手で右腕を掴まれ、舌先で傷口を抉られた。痛みに身を竦ませると、今度は宥めるように優しく、そろそろと傷口を嘗める。
 ぞくり、と背が震えた。
 痛みと妙な快感が俺を侵食し始める。脳裏に危険信号が灯っても男を押しのけることができない。それが男による力で体の自由を奪われていることにも気付かないまま。

「今はこれくらいにしておいてやろう。」
 満足げにそう言われて放されたのは優に五分以上経ってからだった。深山町の坂を上る車はあと数分で家に着くだろう。右手首にあった傷はそれまでには塞がりきるに違いない。
 その予想は当たっていた。まもなく衛宮の屋敷が見えてくる頃には右腕は完全に元通りになり、傷があった形跡すらない。
 ゆるくスピードを落とし、やがて止まった車のドアを運転手が恭しく開ける。ギルガメッシュは当然と言うようにそれを受け入れ、長い足をくつろがせるように降り立つ。そして……

「どうした、立てんのか?」
 車体のルーフに隠れて男の表情は見えない。嘲っているのか、それとも気まぐれに心配して見せているのか。
 どちらにしても、この酷い頭痛と体の震えはこの男がもたらしたものだ。無駄だとわかっても男を睨む。ゆっくりと震える手足を叱咤してどうにか車を降りたところで、無様に崩れ落ちた。
 バタン、と背後で音がしたのは男がドアを閉めたからだろう。
「構わん、行け。」
 それはきっと駆け寄ろうとした運転手に向けたもの。ためらいがちに下がった足音はそのまま車に吸い込まれ、鈍いエンジン音と共に消えた。

「無様だな、雑種。」
 見下ろす瞳は暗闇でも赤く光っている。
「お前……」
 息は荒く、言葉が切れ切れになる。
 時刻はもう夜の十一時を回っている。人通りのない道路にへたり込んだ俺とそれを見下ろす男の組み合わせはさぞ滑稽だろう。
「立てぬのであれば助けてやらんことも無いが?」
「誰の…せいだよ……!」
 もしかして、と思った。最近ずっと体調が悪かったのは、まさか、コイツのせいなのか。

「アンタ、受肉してるんだったよな……」
「それがどうした?」
 不遜に見下ろす男はゆったりと構えている。自分の行いになにも疑問は持っていないのだろう、今しがたのことを弁明しようともしない。
「受肉すれば魔力供給がなくても大丈夫だと、そう聞いたことがある。違うか?」
「それは間違いではないのだろうが、あくまでも理論にすぎぬ。未だ誰も成し得たことが無いゆえに謎、だ。」
 受肉しておきながら理論に過ぎないと言い放つ男は赤い目を細める。
「不完全な状態の聖杯による受肉では、完全にマスターからの魔力供給が途絶えた今、この身を保持するには足りぬということだ。」

 そういうことか。
 苛立ちは消えていなかったが、安堵が先にたつ。おそらく俺に気付かれないように何らかの方法で俺から魔力を摂取していたのだろう……恐らくは俺の血を。
 それでも他人を傷つけるなと言った俺の言葉が守られているのならばそれに越したことは無い。飼い殺しという表現は適当ではないだろうが、倒せないならば極力不満を与えないようにしなければならない。
 口約束は、所詮口約束に過ぎない。この英雄王(ギルガメッシュ)に、それを守る義理などきっとないのだから。

「俺が魔力を提供すれば、良いのか?」
「足しにはなるであろう。」
 それが目的だろうに、それを向こうからは言わない。とことん王様気質らしい。
「俺の……血を?」
「お前が遠からず死ぬつもりなのであればそれでもかまわんが。」
 貴様とて魔術師の端くれであろう、と問われてしまえばもう否と言うことはできない。
 この男は契約を結べと言っているのだ。この身を供物にしろと……。

「わかった。」
「ほう……」
「でも、条件がある。」
 言葉をさえぎって言う。この身をタテに出来る限りの防御策はたてておきたい。手の内を見せてしまった今となっては自分がこの男に敵わないとわかっているから。

「一つ目、前に言った通り他の人を傷つけるな。」
「よかろう。」
 即答に安堵しつつ言葉を続ける。
「二つ目、あんたが存在する為に必要な分は俺から供給できるよう努力する、でもそれ以上は無理だ。だからって他の人から合意無しで魔力をとるな。」
「見たところそれほど有能とは言いがたい魔術回路のようだからな、期待はしておらん。お前次第だ。」
 それを了解と受け取り、三つ目、と続けてから言葉を切った。

 促す赤い双眸に自分の顔が映っている。
「雑種はやめろ。」
「ほう、名あるモノとして扱え……と?」
 俺がいなきゃ魔力が足りなくなるくせに、と言いかけてやめた。このサーヴァントを律する為の術は、今はない。その状態で挑発するのは良くない。
「まあ良い。だが勘違いするな、貴様が雑種であることは紛うことなき事実よ。形式上マスターとサーヴァントという形をとるに過ぎん。貴様は我のエサ以外の何者でもない……それを肝に銘じておけ、衛宮士郎。」
 反論する前に闇が濃くなる。

 何も無い筈の空間から細い鎖が伸びてくる。肩口から絡みついたそれは左腕を這い、指先へと向かっている。
 血色のそれは妙な熱を孕んで火傷しそうだ。今にも肉が焦げる臭いが漂うのではないかと思うほどで、思わず顔をしかめた。
 左手の薬指に至った鎖は指の根元をきつく締めて動きを止めた。
「ぐ……ッ」
 じりじりと今度こそ皮膚を焼いているのが分かった。
 道路にうずくまったまま左腕だけを吊られた状態でそれは続く。額から伝い落ちる汗は顎から零れアスファルトにどすぐろい染みを作っていく。

 どれだけそうやっていたのか。気がつけば左腕に絡まっていた鎖は消えている。
 でもそれが幻ではなかったのだと知らしめるように数時間前に袖を通したばかりの服の左袖は焦げ落ち、そして左薬指の根元に蛇が絡んだような火傷が残っていた。
 何らかの呪力が働いているのだろう。常ならばすぐさま消え始めるのに、今回ばかりは色が薄れる様子すらない。
「言ったであろう、形式上マスターとサーヴァントという形をとるに過ぎん、と。それは我の隷属の証よ、貴様に主導権はない。」
 なんて一方的な契約。いや、もうそれは呪いと言って良いだろう。

「何にせよ契約は成った、せいぜいエサとして生かしてやろう―――衛宮士郎。」

 その時の男の表情をきっと忘れることはないだろう。
 尊大な口ぶりとは裏腹に、どこか痛みを堪えるような表情で俺を見下ろしていた、その表情を。


The Touch/接触

 アタマがくらくらする。けれどそれは失血による一時的なもので、恐らくはすぐに治る。
 けれど問題は別のところにあるのだ。

 男の肩に担がれてぼうっと家の床を見ていた。廊下を左へ曲がっていく、洋室がある離れの方へ向かっているらしい。
 耳の奥でドクドクと血管が悲鳴を上げる。まだ一分ほどだろうが、頭に血が上り、目が圧迫されて痛い。ついでに腹いっぱい食べた胃の辺りに男の肩が食い込んで気持ち悪い。
 目を閉じると魔力の流れがゆっくりと男に流れているのがわかる。この男の魔力許容量がどの程度かはわからないが、少なくとも細いパスで送られる俺の魔力だけで足りるとは思えない。

 手が触れた様子はなかったがドアは静かに開き、そのまま男の自室に入る。勝手に壁をぶち抜いて隣の部屋まで吹き抜けたその部屋はかなり広い。更に隣にあった洋室は気がつけばまるごとジャグジー付の風呂場になっていたし、やりたい放題だ。
「―――ッ!」
 突然ぽいっと投げ捨てられて、ベッドの上だったが衝撃に思わず身を竦めた。

「なにするんだよ……」
 ぐらぐらする身体をどうにか叱咤して起き上がるが、ギルガメッシュはまるで俺を無視して着ている服を乱雑に脱ぎ捨てていく。
 小さくため息をついて、改めて左手を見る。薬指の根元から指先に向かって赤い痕が螺旋状に走っていた。令呪と同じ類の契約の証なのだろうが、到底マトモな代物には見えない。
 足元を見れば気付かないうちに靴は脱がされていたのか、それとも廊下のどこかに落ちているのか。土足で部屋にあがっていないことに安堵して男の出方を窺う。

 男から目を離さないようにしながら、無造作に脱ぎ散らかされた服を手繰り寄せて適当に畳んで傍のチェストに置いた。
 ギルガメッシュは綺麗に隆起する上半身を隠さないまま、飾り棚から精工に作られたブランデーのボトルを片手にベッドへと戻ってきた。ふわりと香る上品なそれに相当高いものだろうと見当がつく。
「何をそんなに怯えている。」
 その言葉でようやく俺の体ががちがちに強張っていたことに気付いた。
「別に……」
 赤い目が細められる。
 片手で器用にボトルの栓を引き抜いた男はそのまま呷る。浮き出た喉仏がゆっくりと蠢くのを、息を殺して見ていた。

 つっ、と男の顎を伝った雫が胸に落ち、琥珀色の流線が延びていく。男の白い肌にそれはやけに浮き上がって見える。何がしたいのかと顔を見上げれば、不穏な表情で俺を見下ろしている。
「嘗めろ。」
 ただ一言。それだけで十分だった。
 未だ震える手足を叱咤し、そっと舌を差し伸べる。青白い皮膚は思いのほか熱くて、触れた舌先からぴりぴりとアルコールが染みる。
 この契約はたとえ俺がマスターだとしても、その立場は逆転している。令呪のような強制力を持たない俺はひたすらこの男に従順であることしかできない。

 腹筋の凹凸、胸筋の盛り上がり。硬いそれらを舌で感じながら男の鎖骨にたどり着く。いっそその喉笛を食いちぎってやれば、あるいはこの存在を消してやることが出来るだろうか。
 核たるその心臓を抉り出せば、この地に平穏が訪れるのだろうか。
 馬鹿げた妄想だ。
 俺にはその力がないし、そんなそぶりを見せた瞬間にこの男は察知して俺を千の宝具で貫くことも厭わないだろう。否、宝具を用いずとも、ギルガメッシュならば指一本ですら余裕かもしれない。
 男と約した中に俺の身の保証はない。

 くらりと体が傾きかけて男にしがみつく。もとより酒には弱い、早々に酔いがまわってきたらしい。はたから見れば抱きついているようにも見えるだろう。
「う…くはっ」
 グイと髪を掴まれ、そのままベッドに引き倒された。柔らかいスプリングに助けられたが、後頭から倒れたせいで一瞬息が止まる。
 息を整えるよりも早く男の両手が胸倉を掴み、そのまま酷い音を立てて引き裂いた。
 男に比べるべくもない貧相な胸板が曝け出され、外気に触れた肌はみるまにふつふつと粟立っていく。
「何―――」
「エサはエサらしく黙っていろ、我を失望させるな。」
 サイドボードからボトルを取り上げるとまた無造作に呷る。ゴトン、と重い音がしたと思ったら目の前に赤い双眸があった。

「ん…んん――む…ぅん」
 喉を焼く熱さと、芳醇というより脳髄を溶かす暴力的な味覚。そして、咥内をうごめく弾力。
「んは……ぁ、やめ……」
 息継ぎをする間にまたブランデーを呷った男は、しつこく俺の喉へとそれを流し込む。
 たった二口。それだけで俺の体はだらりと伸び、下半身をむき出しにしていく男の動きを止めることさえできなくなった。
 パスが繋がっている今だからわかる、ギルガメッシュの魔力はほぼ空といって良い。それはもう貪られるという表現がちょうど良いくらいで、男が俺を全裸にさせた時に見たその目はぎらぎらと獰猛な光を湛えていた。

「恐ろしいか?」
 やけに静かな声で問われ、頭痛を堪えてその男を睨む。ぎちぎちと薬指を熱で締め付けるそれは幻覚などではなく、男が意図してやっているのだろう。逃れられる筈もないのに逃れようと指がシーツを掴み引き寄せる。
 すっと内股を撫でられて、思わず全身が震えた。
「怯えるな……エサを殺すような愚か者ではない。」
 そう言って顔が離れていく―――いや、正確には男の目的とするところへと顔を下ろしていく。
 熱い息がそこに吹きかかる。それがやたら生々しくて、逃れようと足が蠢く。それを男は易々と捕らえ、舌なめずりをしながらそこに歯をたてる。

 足の付け根の血管が浮き出た辺りに、ずぷり、と沈む犬歯を感じ身体が硬直する。
 すぐに溢れ出しただろう血液をそっと嘗めとる舌はまるで俺を宥めるかのように優しく、そして塞がろうとする傷口をこじ開ける爪先は何より恐ろしい凶器だった。ぴちゃぴちゃと音をたてる仔犬のような嘗め方はそのギャップを更に感じさせる。
 合意を得て啜るそれに興奮しているのか男の荒い息は熱い。それを勘違いしそうになるものをどうにか沈めようと冷静になろうとすればするほど。
(何だよ、これ……)
 皮膚と言う皮膚がぴりぴりと引き連れるような痛みを感じていく。いや、痛みではない。感覚が敏感になりすぎて、痛みのように感じてしまうのだ。
 そこまで思い至ってぞっとした。

「どうした、そんなにイいのか?」
 笑いさえ含んでいそうなその声の方を見ることは出来ない。大きく広げられた脚の間に舌を走らせる、そのほんの数センチ横で熱を持つ自分のそれが視界に入ってしまわないように必死で目を閉じた。
「前々から思っていたが、痛みに感じているのか?」
「違……ッ!」
 思わず目を開いたその視界の中で、真っ赤な二つの目が俺を挑戦的に見上げる。そして……
「ひ―――ぁ」
 これ見よがしに差し出した舌でソレをねっとりと嘗め上げる。

「ほう……」
 感心したような声と共に自分のそれがぷくぷくと濁り始めた液を吐き出すのを呆然と見ていた。
「そのケでもあるのか?」
「そ、そんなんじゃな―――い…ふぅ!」
 ぐちゅ、と根元から握られて思わず言葉が切れた。
 強すぎず、弱すぎず、絶妙といえる力加減で擦られて、それは嬉しそうに液をこぼす。こんなに強烈な刺激は生まれて初めてだった。どうやって逃れれば良いのかわからない。
「なるほど、血ではなくこちらで魔力供給するというのか。」
「あ…誰も、そんな――」
 止めるより早く男の唇がかっぽりと俺のソレを飲み込んでいく。熱くぬめるそこは居心地が良い。けれど、心は冷たく凍りつきそうだった。

「や……やめ……やめろよッ」
 口で言うのは簡単だったが、手足は気だるくシーツを掻くばかりで役に立たない。どうにか男を引き剥がそうとその頭に手をかけたが、その金糸を指に絡めるだけ。
 それを嘗め上げられると背が弓なりに反り、逃げる腰は捕らえられたまままた深く飲み込まれる。
「放…せよ、も―――」
 男がちゅう、とそれを吸い上げたと同時に、音がしそうなくらい勢いよく白濁を噴いた。断続的に喉へと打ち付けるそれも、難なく飲み込んだ男は顔を上げると一筋零れたそれをぺろりと舌で舐めとる。

 引っ繰り返ったカエルのような格好のまま俺は呆然とその男を見ていた。
「どうした、これくらいではまだ足りんぞ、士郎……」
 名前を呼ばれた瞬間、心臓がドクリ、と嫌な脈を打った。絹糸で心臓を絡め取られたような、嫌な予感が胸に黒い染みを広げていく。
 男の手は無造作に俺のそれをまた掴み強引に擦る。けれど出し終えて間もないそれは反応が鈍い。それに腹を立てた男は小さく舌打ちすると先走りでどろどろになっている指で俺の袋を辿り、そしてその更に下をくすぐる。
 薄い皮膚は敏感にその刺激を受け取り、俺自身が驚くほどビクビクと腰が跳ねた。
「……ほう?」
 それに何か思いついたのか、片眉を上げた男が凶悪な笑みを浮かべる。その表情だけで人を殺せそうだ。決して良い予感はしない。

「力を抜いておれ。」
 命令口調でそう言うと前触れもなく、すぼまったそこに指をねじ入れてきた。
「ひ―――ッ、ア…や……ぁう―――イタイ…や、やめ……」
 自分では思い切り抵抗しているつもりなのに、喉からか細い声が申し訳程度に漏れただけだった。手足も愚鈍なまでに役立たずで、胴体の付属品でしかない。
 ぐりぐりと乱暴に抉った指は何かを探る動きで中を漁る。
「ふむ……」
 腑に落ちないという表情で男は無遠慮に何かを探している。
「ギル…っぐ……ぁ」
 無駄と知っていて止めようと声をかけようとしたが、それは叶わないままだった。突然声が裏返り、それに気付いた男が満足そうに顔を歪めた。

「ほう、まだいけそうだな。」
 何がと問うより早く男はまた顔を落とす。真っ赤になってそそり立つそれを、まるでご馳走だというように目を輝かせて。
 それをネットリと舐め上げられて声が出ないまま悲鳴をあげた。
 情けないくらいに歯がかちかちと鳴る。後ろを探る指は相変わらずあそこを重点的に抉る……その度に俺はのたうち、逃れようと身をよじる。そうするうちに、勢いのない白濁がどろりと男の咥内に吐き出された。
「薄いな……まあ、仕方あるまい。」

 だらりと垂れるそれを綺麗に舐め、男は不満げながらも俺を弄るのには気が済んだらしい。
 身体が熱い。急激な眠気と、悪寒。空気がマイナスになったかというほどのそれに身を竦めた。そして一瞬、気が遠くなる。
「どうした?」
 さして心配はしていないだろう声音で男が尋ねる。返事を返さない俺に腹を立てたのか、今度はあからさまに舌打ちするとまたうしろのすぼまりを無遠慮に抉る。
「……ッ」
 抗議しようにも声が出ない。ひゅう、と頼りない息が喉を鳴らしただけだ。

 強引に拓いたそこへ、男は無情なほどに猛ったそれを無理やり押し込んできた。もう止めようという気さえ起きない。褪めていく自分の身体をただ、ぼうっと感じていた。
 男と繋がった部分だけがやたら熱い。無性に眠くて目を閉ざそうとすると、男が手酷く腰を突きいれ、その度に俺は意識の淵に引っかかっていた。
「……クソッ」
 男が低くうなり声を上げ、ドクン、と自分の中に何かが注ぎ込まれたのがわかった。
 けれどそれが何かを考えるより早く俺の意識は深淵に飲み込まれていった。