それから暫く、コレといった問題もなく過ぎていく日々に担任としても慣れてきた田中は、徐々に不穏な気配を悟っていった。
クラスの雰囲気がおかしいのだ。
これが6年生ならば、私立受験組と公立進学組の間で小競り合いが起きたりするのもままあることなのだが、まだ5年生の彼らにはそういった気負いは無い筈。
特に女子に関してはグループ間で小さな諍いがあるのは常として、男子の雰囲気は異常としか言いようがない。
注意深く観察するうちに、その中心にあるのがあの少年―――衛宮士郎だということに田中は気付いた。
その瞬間思い至ったのは「虐め」だった。
それまで放課後に残って遊ぶこともあった筈が、ある時期を境にぱったりとなくなってしまった。
逃げるようにして帰宅する姿は担任である田中も見かけていたし、休憩時間に誘っても校庭に出てくることは稀になってしまった。
それとなく女子に探りを入れてみてもさっぱり埒が明かない。
ということは、男子の中で何かがあるということで。
この学校では音楽と体育以外の通常科目は全て担任が行っている。
となれば、「何か」が行われているのは担任以外の特別授業の時か休憩時間、ということになる。
音楽と体育の担当教師にも探りを入れた田中だったが収穫はからっきしで、結局は地道に観察するにとどまることとなった。
そうしてまた幾日かが過ぎた。

あと半月で夏休みに入る。
梅雨明けの蒸した時期になって、クーラーなどない小学校の教室は窓を開け放して、わずかな涼を取り入れようと躍起だ。
子どももつらいだろうが、文明の利器にどっぷりと慣れ親しんだ大人には有る意味地獄でもある。
暑さは注意力を散漫にし、ことあるごとに物事の重要度を下げていく。
全ては暑さが原因だ。
うんざりしながら、かといってクーラーのある職員室へ行くのは煩い教頭と顔をあわせたくないという理由で自ら却下する。
田中の美学に反するバーコード頭に愚痴を吐かれるくらいなら、汗を流してでも子どもたちと一緒にいる方がいい。
田中のような児童性愛者でなくて子どもたちを選ぶ者は多いのではないだろうか。
うんざりするような午前の授業の後は、温くなった冷麺が給食に出た。
それでも熱々のカレーを出されるよりはマシとかきこんで今に至る。
給食係が片付け終わったのを確認してから、尿意を催した田中は教員用トイレへと急いでいた。
児童用のそれより狭く個数も少ないそれは来客用をも兼ねているので、児童が使用することは禁止されている。
有る意味では、教員用トイレこそが教師にとって真の意味で息のつける場所なのかもしれない。
子どもたちを愛している田中とて、子どものテンションに合わせるのはなかなかに疲れるもので、トイレに入ると大きくため息をついた。
用を足し、手を洗って水道を止める。
タオルハンカチで手を拭いてから、最近流行の男性用の洗顔ペーパーで顔をぬぐう。
ベタついた肌にさっと滑らせるだけで、わずかな時間でも清涼感を得ることが出来る。
そうして簡単な身繕いを整えた田中がトイレを後にしようとした時だった。
控えめな流水音が聞こえた。
自分のほかに入っている者があったことには全く気付いていなかった男は、つい気になって個室から誰が出てくるのかを待った。
この階には普段は田中以外の教師が来ることは稀で、他クラスの担任は皆女性だった。
だから、この階の男子トイレ、しかも個室を使うのが誰かと気になったのは自然と言える。
同僚ならば腹でも壊したのかと、次の飲み会のネタにでもすることろで。
―――けれど、そんな予想は覆された。
そっと開いた一番奥の扉から顔を覗かせたのは間違いなく、田中が担任をしているクラスの――衛宮士郎だった。
少年も教師に鉢合わせたことはすぐに気付いたらしく、その表情はすぐに青ざめていった。
「衛宮ぁ、お前、なんでここを使ってるんだ?遠いし、第一、使用禁止なのは知ってるだろう」
「……すみません」
しょんぼりと項垂れる少年は反省しているようで、田中ももとより怒る気も無かった。
それより何故、ここを使う気になったのか……そちらが気になった。
「まぁ、ここは俺以外めったに使われることもないんだが。一応、規則は規則だからなあ」
「――――すみません」
「どうした、漏れそうだったのか?それなら向こうを使ったほうが良いだろう?教室からも近いし」
無言の少年はちらりと個室に眼をやる。
それが答えだとするならば、男にも心当たりが無いではない。
「個室使うのが恥ずかしかったか?まあ、学校で大をするなとは言わんが、生理現象だからなあ。割り切るしかないぞ」
「違う」
少し怒ったような声におや、と思う。
「じゃあ何でだ。小便ならそれこそ恥ずかしくもないだろ、男同士で」
また俯く少年は何かを言いたげで、けれど言い出すきっかけを見出せないでいるようだった。
もしやこれが「虐め」と何か関連があるのかと思い至り、田中はため息をつく。
「とにかく、こっちは使うな……わかったな?」
「―――はい」
果たして、この指導が正しかったのか――その時の田中に分かる筈も無かった。

トイレでの奇妙な遭遇から数日後、田中は衛宮士郎の様子がおかしいことに気付いた。
それはちょうどその日最後の授業が終わろうかという頃だった。
少年は苛々とした様子で、鉛筆をカリカリと噛んでいた。
貧乏ゆすりを繰り返し、落ち着かないといった風で今にも教室を飛び出しかねない雰囲気だった。
授業が終わるとそのまま日直による終わりの会が行われる。
その間も少年はランドセルを握り締め、終わりの合図とともにいちにのさん、で飛び出そうとしているかのようだ。
もしや、大したことも無くおさまったと思われた虐めが根深く続いていたのか……そう思うと途端に気になり始めた。
日直がさようなら、と先導したのに続いて子どもたちの声が揃う。
放課後に入って、田中の読み通り勢いよく教室を出ようとした少年に声をかけた。
「衛宮……ちょっと来てくれぇ」
あくまでも深刻な話をするとは悟らせないよう、わざと間延びした声で言う。
それをどう受け取ったのだろう。
少年は泣きそうな顔になり、けれど無視することもできないまま諾々と田中の後ろに続いた。
この学年は2クラスだけで、教材室を使うのは田中の他に隣クラスの女教師がいたが、彼女は定時きっかりに帰るのを良しとしている。
放課後はこちらには来ず、職員室でその日の日報を書いて、後はバーコードに媚を売って、時間きっかりには門を出る。
いいご身分だとは思えど、子どもたちとの時間を優先する田中が羨むことはない。
窓が締め切られ蒸した部屋はまさに地獄だったが、教室とは違い、ここには扇風機がある。
クーラーの魅力には負けるが、コチラの方がいくらも健康的だ。
未だ落ち着かない様子の少年に椅子を勧めるものの、なかなか座ろうしない。
「話……長いですか?」
椅子に座ってもやや視線が低い少年が上目遣いに尋ねるのは別の意味で危険な香りがしたが、田中はとにかく座れと椅子を指した。
ようやく座ったと思えば妙に腰浅く、今にもこの部屋を飛び出すのではないかと思うほど。
「お前が素直に答えてくれればそんなに時間は取らんから安心しろ」
その言葉に安堵したように少年は拳をぎゅうと握りこむ。
それが何か決意じみたものを思わせて、田中は眉間にしわを刻んだ。
「それで、単刀直入に聞くが。お前、虐めにあってるだろう?」
一瞬ぽかん、とした表情をみせた少年だったが次の瞬間には身体を大きく震わせて被りをふった。
「ないです。前は……ちょっとあったけど、今はない――デス」
それが白々しいと感じるのは田中でなくても同じだっただろう。
何かを隠そうとする気配を敏感に感じ取り、男は深く腰掛けて少年を注意深く見つめる。
先ほどまでは青ざめていたはずの表情はやや赤らみ、暑さだけではない汗が額から頬へと滑る。
薄く開いた唇からは熱く浅い吐息が漏れている。
まるで別の何かを連想させそうなそれに、田中は今までに感じたことの無い衝動を覚えた。
田中は児童性愛者と自認はしているが、それはあくまで聖なるものとして崇めるものである、夢想の中ではそれを思うことはあっても、自らが実際に子どもを汚そうという気などさらさらなかった。
―――少なくとも、今のこの瞬間までは。
「おい……衛宮?」
「あの、先生―――おれ、帰る」
許可を得ないまま立ち上がりドアへと手をかける少年の手をとったのは何故だったのか。
その衝動的な行動を田中自身理由付けすることは出来ない。
「や――まだ。まだ、話は終わっていないだろう?こういうことはな、先生はちゃんと知っておかなきゃいけないんだ。最近は虐め問題も多くて深刻化してる。もしも、があったらいけないんだ」
口早に言い切って、少年が泣きそうな顔をしているのに気付いた。
ぱくぱくと口は動いているが何を言いたいのかわからない。
両の肩を掴んで目線を合わせると、少年が絶望的な目をして身をよじる。
「衛宮、先生はな――お前の為を思って」
自分の呼吸が荒くなっていることに気付かないまま田中は少年を扉の前に拘束する。
発育がやや遅れている少年は肩を掴まれるだけで身動きがとれなくなった。
「せん……せ、ダメ―――ッ」
切羽詰ったその声に田中はハッと身を離す。
顔を真っ赤にした少年はガクガクと全身を震わせながら、内股を痙攣させて壁に凭れる。
それから少しの間。
とうとう膝を床につい多少年の震える内股を透明な液体が滑り落ちていく。
やや色づいたそれが何かを悟るより早く、田中の網膜が焼け付くようにジリジリと焦点が引き絞られていった。
勢いのないそれは緩くカーブを変えながら、細く長く続いていく。
やがて、少年の足元に小水の泉が出来上がるとようやく、長らく止めていた呼吸を開放した。
田中の視界には断片的な映像しか入ってこない。
顔を真っ赤にして泣いている少年の顔。
重たげに濡れ、雫を落とすズボンのすそ。
少年の膝を浸す水溜り。
神聖視していた少年の一人が自ら汚れていく瞬間を目の当たりにして、田中の下腹は疼くように熱を溜め込んでいた。
「お前、トイレに行きたかったのか……」
自分の声が掠れていることに田中は気付いた。
喉がカラカラだった。
何度も唇を湿らそうとするのに、舌も唇も乾ききってひっついてしまう。
いっそ濡れそぼつ少年の股座に顔を突っ込んで舌を伸ばしたい……そんな変態性欲的な夢想に侵される。
自分の膝先を見つめていた少年はそんな男の気配に気付くことなく、止まらない涙を零していた。
「それ……どうするかな」
普段の彼ならばさっさと雑巾を用意してそこを片付け、失禁してしまった子どもに優しい声をかけ、保健室に常備してある着替えを用意した筈だった。
しかし、今の田中にそれは無理な要求だった。
「どう……して―――」
そんなに我慢してたのかと言外に訊ねられて少年はようやっと口を開く。
「おれの――」
ささやくような声は扇風機のモーター音にかき消されていく。
「なんだ、男の子だろう。はっきりと言え」
嗜虐心にも似た形容しがたい感情が田中の腹の底からわきあがる。
「おれの、おちんちんが変だって……みんなが―――だから、我慢……」
そこでようやく合点がいく。
からかわれた事で個室を使っていたが、毎度個室ならまたからかいの対象になる。
そしてようやく逃げた教員用トイレでは自分に使用禁止を言い渡された。
だから少年は我慢することにしたのだろう。
教師の言など無視して、無断使用するという考えに至らなかった辺りがこの少年の素直さを象徴している。
それは普段ならば田中に感動をもたらすところだったが、今という時ほど間が悪いことはない。

「バカだなあ、衛宮。だからって、その年になってまでお漏らしはないだろう?」
「ひ……ぅ―――」
「あーぁ、こんなに汚れて。このままじゃあ臭いもとれなくなるぞ」
「ぁ…あ――ッ」
少年の腕を掴み立ち上がらせると、田中は荒い息もそのままに膝小僧に舌を這わせる。
ぞろ、と舐めていくと今までに感じたことの無い塩気と苦味の混じった味を舌に感じた。
自分が失禁シーンを見て興奮するとも思っていなかったが、少年の小水を舐めて息を荒げる変態だとも田中は思っていなかった。
普段の理性が働いていれば眉をひそめたくなるだろう行為も、今のこの状態ならば何ら引き止めるものが無い。
肌に残る水跡を追うとズボンの裾にたどり着く。
反対の膝小僧から同じように舐めあげると、少年は悲鳴のような声を上げた。
裾の隙間から舌を伸ばすと、丈の短いズボンの中に潜む下着まではすぐにたどり着いた。
「セ……ンセ」
田中の髪をくしゃりと引く少年の手には力が入っていない。
まるでねだる様に髪を梳かれて、田中はようやく顔を上げた。
この時点で脳内に赤いランプが点滅していた。
わずかに残っていた理性が危険信号を発している。
今なら強引に冗談だと誤魔化せるだろうかと思考をめぐらせる反面、滾る熱をどうにか開放したいという想いに駆られていた。
結果的に、田中は部屋に常備されている雑巾を少年に投げた。
息を荒くつきながら見下ろした青年の考えを汲む様に、衛宮士郎は自分の始末を雑巾で拭っていく。
普通の少年ならまず自分の身体を拭くだろうに、この少年の場合はまず床を綺麗にする。
そこがまたいじらしい……田中ははちきれそうな股間を宥める様にひとさすりして、四つんばいになって床を拭く少年をねっとりと見ていた。
顔を上げた少年に、教材室の片隅に有る洗面台を顎で示すと、汚れた雑巾をそこで洗うことに一瞬躊躇いを覚えたようだったが仕方なさげに蛇口をひねる。
ニ、三度、洗面台と床を行き来してようやく少年は雑巾を置いた。
「おれ、かえります」
「どうやってだ?そのまま帰るのか?いくら夏だって言っても、その濡れ方じゃあお漏らししましたっつって歩いてるのと同じだぞ」
いくらか乱暴な言葉遣いは決して意図したものではないが、少年を怖がらせるのには十分だったようだ。
「それも脱げよ。先生はまだ気になってることがあってな」
少年は観念したようにズボンのボタンを外す。
ジッパーをおろすと恐る恐るといった風に男を見上げる。
田中は見慣れている筈の白のブリーフの縁がやけに眩しく見えて、目をそらし椅子に腰掛けた。
「ついでに靴と靴下も脱いでそこに上がれ、お前のちんぽを見てやるよ、先生が」
卑猥な単語を少年に使う教師が既に教師たりえるのか、そんな考えに男は暗い笑みを漏らし、大人しく言われたとおり机に上がって下半身を生まれたままの状態にさらけ出して膝立つ少年を見上げた。
思わず口笛を鳴らした。
ぴょこん、と勃起したそれは大きさも色も子どもじみたものなのに、一人前に剥けている。
「文字通りションベン臭ぇガキだと思ってたのにな……ハハ、淫乱か!」
少年の目が絶望的な色に染まるのにも気付かず、田中はガチャガチャと自分のベルトを外し始めた。
やがて下着ごとずり下げられたそこから大人の男のモノが現れると、士郎は途端にぺたんと座り込み、脚の間に手を差し込んでずりずりと後退った。
「衛宮ぁ、何をそんなにビクついてるんだ?」
既に臨戦態勢に入っている黒ずんだ逸物を左手でにちにちと擦りあげながら、右手で少年の顎を掴んだ。
「もしかして、もしかするかなあ……だとしたら、先生は悲しいぞ」
「ヤ――ッ、やめろよ!変態!離せよっ―――」
「ここでおしっこ漏らして、ちんぽおっ勃ててんのはお前だろう?先生はお前にあてられただけだからなあ。それにお前――」
ふっ、と息が耳元にかかる。
そのままベロンと舐めあげられて士郎は身体を震わせた。
「お前、そのトシで初めてじゃないだろ?淫乱が―――ッ」
「ひ、ぎ……ぁ―――」
「ぁあ……くそ、お前みたいな素直な子はオレ、大好きなんだよ。それがよ……淫乱!堪らねえな、オレの神域を穢された気分だぞ、オイ」
吐露した言葉は間違いなく田中の本心だったが、だからといってこの状況の説明にはならない。