「うわぁ……凄いな、見渡す限り畑と牧草地だ」
「そうだな」
「あ、住宅地だ。凄いな……同じ家がずらっと並んでる」
「日本とはまた違う風景だろう」
「うん、全然違う。へえ、あれも牧草かな……」
「黒いビニルでロール状に巻いて牧草を発酵させているようだな」
「へえ、てっきりサイロに入れるんだと思ってた。へえ……凄いなあ」

窓の外を眺めていた俺が振り返ると、アーチャーがおかしげに笑って俺を見ていた。

十代最後の冬───初海外かつ初飛行機でテンションが上がった俺は殆ど一睡もしないまま、ひたすら窓の外を眺めたり、ビデオオンデマンドシステムを弄って映画を見たりゲームをしていた。
「本当に飛行機が初めてだったんだな、士郎」
笑みを噛み殺しきれない様子でアーチャーは荷物を回転台からピックアップしていく。
男二人の荷物は自称旅慣れているというアーチャーの手によってコンパクトにまとめられ、中くらいのトランク一つにおさまり、土産物が小さめのボストンに入っている。
「修学旅行は新幹線とバスで移動だったし、乗る機会が無かったんだからさ」
「だからといってはしゃぎ過ぎだろう。B&Bに着くまで倒れるなよ」
子供扱いするな、と男の手からボストンバッグを奪おうとしたが、代わりに男の空手が俺の手を掴んだ。
男同士で手をつなぐとか、と一瞬手を引きかけたが、アーチャーが目配せした先に再会を喜ぶ男性同士のカップルが熱烈にキスをしている光景。
そうだ、ここは日本じゃない。
「これがロンドンかぁ……」
当然ながらアルファベットだらけで、日本語は両替所にささやかな注意書きがあるだけだ。
WAY OUT(出口)とUNDERGROUND(地下鉄)の表示を頼りに長いスロープを下る。
あっちもこっちも欧米人だらけだと当たり前の事に感動しながら、アーチャーに手を引かれるまま長いスロープを下りはじめた。

落書きだらけの地下鉄車内はヒースロー空港とロンドン中心部をつないでいる唯一の地下鉄とあって、広々として空調が完備された最新型だ。
地下鉄と言ってもロンドン中心部に入るまではひたすら地上を走っているので、いつか見たイギリス映画そのものだなあなどと感心しきりだ。
ヨーロッパでも有数のハブ空港からの路線は英語以外の言葉も時折聞こえ、周囲の人たちの肌の色も様々だ。
地元民らしい人も慣れた様子で一々俺たち東洋人に視線を向けることもない。

そう、俺たちは冬木を離れている。
大学の学年末試験をクリアした俺は、旅行がてらイギリスに飛んだ。
何やらアーチャーの『仕事』も兼ねてらしいが、そこは俺にはわからないことなので詳しくは聞いていない。
時計塔に入っている遠坂は酷く忙しい時期らしく顔を合わせる機会は限られそうだが、セイバーは時間があるそうでラッセルスクウェアという駅まで迎えに来てくれるそうだ。
遠坂とセイバーは学生向けの安アパートで共同生活中らしく、その近くにショートステイ用の一時貸しの部屋をアーチャーがブッキングしているという。
チケット手配をはじめ何から何までアーチャーが準備を進めた為、俺がやったことはパスポートの受け取りくらいだ……パスポートの申請すらアーチャーがやっていたので、本当にそれだけ。
車窓を眺めているとやがて地下へと潜りはじめた。
「いよいよロンドンか……あんたはロンドンにいた事があるんだよな?」
「ああ……おぼろにではあるが、あまり良い思い出ではない」
冬のテムズ河に落ちたという事実だけは覚えがある、と言う男の表情は硬い、よっぽどなのだろう。
聞かない方が良さそうだと判断して、乗り降りが多くなった乗客を見るともなしに眺めた。
「…………ん?え…、って、うわ!」
「はふ……」
生温かい呼気を手に感じて視線を落とすと、黒のラブラドールレトリバーが俺の手をクンクンと嗅いでいた。
「なんで犬……」
「静かにしろ、みっともない」
視線を上げると「何かあったのか」とでも言いたげな人々の目、大げさに驚いた俺の方がおかしいという雰囲気に開きかけた口を閉ざした。
「犬がバスや電車に乗っているのは珍しいことではない。無論、躾のできている犬に限られるが」
信じられない思いで目の前の黒ラブを見ると、もう俺に興味を失ったのか飼い主らしき男性の足元に伏せている。
みっともないと言われても初めてなんだから仕方が無いだろ、という意味を込めて隣を睨むが、アーチャーはドア上の路線図を眺めているようだった。
ちょうど駅に停車して、旅行者らしき人々のほとんどが降りて行った。
目の前の座席に座っている黒ラブの飼い主は本を読んでいる、まだ降りる様子はない。
「ここがホルボーンだな、ラッセルスクウェアは次だ。すぐに着く、荷物を確認しておけよ」
そう言われても荷物はアーチャーが殆ど持っている、俺の所持品はパスポートや財布が入った小さなウエストバッグくらいで確認する程ではない。
スリが多いと聞くものの、気配には敏い方だから今のところスられる心配もなさそうだ。

アーチャーの言葉通り、ホルボーン駅を出発して一分も経たないうちにラッセルスクウェア駅に着いた。
大きな駅ではないようで、無骨なエレベーターで地上へと運ばれるとすぐに改札と通りが見えた。
セイバーがこちらに手を振っているのを見て気が緩んだ、一年ぶりと言っても過言ではないその姿は相変わらずのようだった。
「お疲れ様です……シロウ、アーチャー」
「久しぶり、元気にしてたか?」
「ええ、勿論」
渡英前は料理が不味いのではと危惧していたセイバーだったが、予想程酷い料理に遭遇していない事と自炊が多い事でそれほど不満は無いのだと以前手紙に書いてあった。
アーサー王と言えばイギリスはホームグラウンド、魔術使いのみならず信望者はどこからともなくセイバーの存在を聞きつけて、時に豪勢な食事を饗されているらしい。
お陰で心配していたエンゲル係数が抑えられた、とは遠坂の手紙に書いてあったこと……勿論セイバーにはオフレコだ。
「アーチャー、貴方に頼まれていたものです」
そう言ってセイバーが差し出すのは随分とアナログな鍵だ。
「ああ、助かった。どうしても到着が早められなかったのでな」
「何の鍵だ、それ?」
「これから二週間、私たちが使う部屋だ。家主が旅行に出る間を借りたのだが、先方の出発が直前になって早まった。本来なら直接受け渡しをする手はずだったが、仕方ないので彼女に頼んでいた」
なるほど、と頷いている間に二人との距離がひらいていた。
慌てて後を追って駅から出る。
車の左側通行は日本と同じで違和感はないが、日本以上の合理性がそこかしこに見える。
横断歩道はゼブラではなく『右に注意』や『左に注意』といった事が書いてあるだけで、歩行者用信号がそもそも存在していない。
赤信号でもスイスイ渡る人の多さに呆然としていたが、もたもたしているうちにアーチャーとセイバーは既に道路向こうだ。
「え……ちょ、待っ……ッ!」
ヒトが渡ろうとしていてもお構いなしに車が突っ込んでくる。
腰の曲がった老婦人ですら器用にタイミングを見計らって渡っていくのに、俺は幾度もそのチャンスを逃し、呆れて迎えに来たアーチャーに腕を引かれてようやく道路を横断することができた。
「よそ見をするな、迷子になっても知らんぞ」
「……スミマセン」
セイバーはくすくすと笑って、こっちです、と先を歩きはじめた。

案内されたのは古風なアパートだ。
といってもこの一帯全ての建物はどれも時代を感じさせるもので、『ドイツによる空襲で無被害』などというプレートのついた築百年を超えるものもあった。
セイバーが案内してくれたこのアパートはおよそ百年前に建てられたらしい。
古い外見に似合わず、建物の入口には電子キーがついていた。
酷く狭く、奇妙にうねった階段が見上げる限り続いている、地下一階地上七階建てというがエレベーターは無いようだ。
目的の六階に着くころには軽く目が回りかけていた。
「ここです、眺めが良いでしょう?ラッセルスクウェアを通して向こうに大英博物館の屋根も見えるでしょう」
あそこの地下が時計塔でリンはそこにいます、というセイバーの言うとおりこの地域には結界の気配を強く感じる。
それこそ遠坂や桜の家の結界なんかメじゃないくらい堅牢かつ強固、そして巧妙にカモフラージュされている。
結界に敏いと言われるが、セイバーに言われなければおそらく気付けなかっただろう。
否、この国はどこにでも魔力やそれに似た力を感じる、それにうまく紛れてしまっているという方が正しいだろう。
流石魔術の本場と感心しながら、荷ほどきを始めているアーチャーを手伝うことにした。
部屋は二畳ほどのキッチン、四畳半ほどの食堂、そして十畳ほどのリビング兼ベッドルームという1DKタイプ。
ベッドルームからはバスルームに続く扉がありシャワールームとトイレと質素な洗面台が置いてあった、バスタブはない。
シャワージェル等の消耗品は使って良い、とのメモ書きが鏡に貼ってあるのを見つけて引っぺがした。
「消耗品は使って良いって」
「そういえばそう言っていたな……」
「……でさ、アーチャー。ベッドルームってここだけか?」
「見ての通りだが?」
それがなにか、とでも言いたげな男からベッドへと視線を移す。
家主の趣味なのか何なのか───真鍮製の凝ったベッドフレーム、レースとドレープにまみれたリネン、これ見よがしに枕は二つ───映画で見るようなクイーンサイズのベッドだ。
サイドボードのフォトフレームには黒人男性と白人女性が仲良さげに写っている写真がはめ込んである、おそらく彼らがここの家主なのだろう。
「……見ての通りって」
アーチャーとは周囲も公認の仲とはいえ、寝る部屋は隣同士だ。
起きる時間帯が違うのと一部屋に二つの布団を敷く余裕がないというのが理由だが、まあ、休日などには同衾することもある。
「でもだからって……」
セイバーはアーチャーから土産のお菓子を受け取って喜んでいるが、このベッドが一つしかない部屋を見てどう思ったのだろうか。
わけもなく恥ずかしくなり顔が火照る。
「どうかしたのですか、シロウ……顔色が」
「気にするな、セイバー。アレは初めての海外旅行に少々のぼせているだけだ」
違ぇよ、というツッコミはとうとう口にすることができないままだった。

一度戻るというセイバーを見送って、使って良いと書いてあった空きチェストに服を収めていく。
なんだか人の家に泊まりに来たような居心地の悪さを感じていたが、アーチャーはすっかりくつろいだ様子で調理器具を確認している。
「予想通り、調理器具は新品も同然だな……使われた形跡が殆どない」
何が予想通りかはわからないが、一通りそろっているので食事には事欠かなさそうだ。
調味料の類は持参したものを使って、余れば遠坂に譲り渡すという手筈らしい。
日本では百円均一ショップでも売っている調味料でもこちらでは倍以上の値段のものもあるらしい、使いかけでも遠坂が欲しいと言うのも当然だろう。
「一通り片付いたら買いだしに出かけるか」
「そうだな……でも、このあたりにスーパーとかあるのか?」
「北の裏道に入ったところにあると聞いている、もっともそこがアイスランドでなければ良いが……」
「は、アイスランド?」
ここはイギリスだろという疑問が表情に表れていたのだろう、アーチャーはすぐにフォローを入れる。
「冷凍食品専門のスーパーマーケットの事だ」
「なるほど」
自炊をしない国民比率ワースト1というのは本当らしい。
基本、自炊で生活している俺にとっては考えられない事だが。
「こちらにいる間、一度はアイスランドに行くか……日本以上の品ぞろえに圧倒されるぞ」
パンですら冷凍で売っているからな、との言葉に頭がクラクラした。

一通りの確認を終えて紅茶で小休止を入れることにした。
イギリスだから、と期待していたが戸棚に入っていたのは何の変哲もないティーバッグだった。
アフタヌーンティーを想像していた俺にとっていささかショックではあったものの、貴族的な作法は一般庶民には馴染みがないものなのだろうと、日本の茶道を思いながら飲みほした。
お茶の間に足りないものをいくつかリストアップして、出かける用意をする。
といっても俺の荷物は先ほどと変わらない。
アーチャーがトランクとボストンバッグの代わりに、上着のポケットに財布をねじ込んだくらいだ。

六階から一階へ降りる階段はまたもや目が回りそう、途中他の住人とすれ違った時には壁にぴったりとくっつかなければいけないほど狭いそこをようやく降りきった時には、おかしな達成感すら感じた。
「何をしている?」
ガッツポーズをしていた左手を取られ、手をつないだまま外に出る。
内側には電子キーはない、どうやらオートロックのようだ……入り口はこれでも、部屋の鍵があのアナログ具合ではヘアピン一本で開いてしまいそうだが、誰も心配していないのだろうか。
通りに出てもアーチャーは手を放さない。
空港でのあのカップルの光景を見てしまった今、男同士で手をつないでも『いまさら』なのだろうと割りきることにした。
日本ではとてもできないその行為がほんの少しだけ嬉しくもあった。
アーチャーが家主から聞いていたというスーパーは一見すると個人商店という感じだったけれど、青果店と精肉店が独立して入っていて日常の買い物に不自由はしないようだった。
魚介類もタラとサーモンが殆どだったが一応売っているのを確認する。
店主を始めレジの店員も全て中東系の人なのだろう、客に白人系はおらず中東系やアジア系の顔ばかりが見える。
「スーパーですら人種や階級で使うチェーンが違う、そういうモノが色濃く残っているのもまたこの国らしいと言えるだろう?」
日本とはまた違った意味で古い体質なのだ、とアーチャーは笑う。
東洋人というだけで遠坂が時計塔で理不尽な扱いを受けていると以前セイバーから聞いたことがあったが、改めて差別というものを認識してやるせない気持ちになる。
俺にとっては些細な違いだと思うそれが多くの人にとっては違う、そしてその違いがやがて諍いの種になる。
悲惨な戦いはそういう些細な違いに端を発しているといっても過言ではない。
「そんな顔をするな、こう見えてこの国は面白いところも多い……お前の為になるものも沢山ある」
何を考えていたのか気付いてかアーチャーは俺の頭を撫でた。
その手の温かさが今は心地良かった。

一通りの買い物を終えてアパートに戻る。
買いだめできるモノをとにかく買いこんだ為、大きなレジ袋六つになってしまった。
アーチャーが四つを持ってくれたけれど、狭い階段を五階層分も荷物を持って上るのは並のことではなかった。
せめて手すりが高ければよかったのだが、誰がこんなデザインにしたのか……腰より低い位置に階段の手すりがあるのだから、下手に躓けば階下へ落ちかねない。
別に高所恐怖症というわけではないが、構造的欠陥は無い方が精神的に優しいというもの。
部屋に着いた時には妙に気疲れしたため息が漏れた。
「はぁ……ただいま」
「右手の袋はすぐに冷蔵庫に入れておけ」
扉を開けたまま俺を先に通したアーチャーは、袋を二つ持った手で器用にマフラーを外している。
言われるがまま冷蔵庫を開けると、いっそ潔いほどに空だった。
否、粒マスタード、バター、ケチャップはある……まあ、逆に言えばそれしかないのだけど。
買ってきた野菜や肉を入れながら今日の晩御飯のレシピを考える───サーモンの切り身が人数分あるということはこれを使うつもりなのだろう、小麦粉も買っているところを見るとムニエルだろうか。
トマト缶、玉ねぎ、ジャガイモなどはスープの材料だろう、グリーンリーフはサラダで。
米や和風麺類は検疫や重量の関係で持ってくることができなかったから必然的に洋食がメインになる。
洋食は作れなくはないが和食に比べると得手とは言い難いが、今晩はアーチャーが作ると言っていたから味は問題なく仕上がるに違いない。
夜七時にセイバーはまた来ると言っていたが、遠坂はおそらく今日も時計塔に籠りっぱなしなのだろう、持ち帰り用に器を持参するようアーチャーがさっきセイバーに言っていた。

アーチャーがセイバーと遠坂に人一倍愛情を持って接しているのはもうわかりきったことだ。
当人たちにはわからないことだろうけれど、俺にはやっぱり……わかってしまう。
とはいえそれが肉欲の気配がないこともわかっているから一々嫉妬してもしょうがない、俺だって遠坂に淡い感情を抱いた時期もあったし、苦楽を共にしたセイバーには特別な繋がりを感じている。
アーチャーは俺が彼女たちを気にかけることについて何も言わないけれど、アーチャーを差し置いて彼女たちを優先する時には微かに眉を寄せることがあった。
結局のところお互い様なのだ。
何はともあれ、今日は約一年ぶりの再会……イヤな事など忘れてしまおう。

初めての二人だけでの遠出。
初めての異国でアーチャーと二人きり。
それで楽しまないなんて、バカだ。

「どうした、やけに機嫌が良いな」
キッチンに入ってきた男は、頬が緩んだ俺を見て眉を寄せた。
「いや……これから二週間あんたと二人っきりなんだなあ、と思ってさ」
「セイバーと凛もいるだろう?」
それでも、だ。
一緒にいられることが幸せなんだと思うだけで頬が緩む。
「キスしようか、アーチャー」
「珍しいな」
お前がそんな事を言うなんて、と続く唇を塞いでやる。
最近停滞してしまった成長期だったが、十センチ程の差なら少し背伸びするだけで埋まってしまう。
届く距離にお前がいるということが幸せでならない……それがこの男にはわかるだろうか。
「……珍しいな」
もう一度そう言う男が今度は俺の唇を塞ぐ。
絡む舌は夜のそれと違って、ただ触れ合いを愉しむように軽く触れてくる。
「日本じゃないから」
他人の目を気にして離れて歩いたり、話し声をひそめたり、そういうことをしなくて良いからだろうか───行動がオープンになっている自覚がある。
「郷に入りては郷に従えってさ」
「願わくば、その積極性が日本に帰っても続いてくれれば良いがな」
笑う男はふと時計を見て、そろそろ調理に入るか、と俺の頬に口付けを落として離れていった。
けれど何か足りない気分。
日本から持参してきたエプロンをつける男の背後に忍び寄り、その背中に抱きつく。
「どうした……」
槍が降るんじゃないか、と笑う男に「シャレにならないから」と返す。
そっと天井を見やる俺に腹をかかえて笑う男は、そうか、と言いながら抱きつく俺をそのままに腕まくりをする。
「そのままひっついているか?」
「…………手伝う」
抱きついていた腕を解くと男はまだ笑いながら、俺が予想した通り「サーモンを出してくれ」と指示を出してきた。
サーモンを指示通りに下ごしらえしながら、今晩はエッチありだろうな、と考える。
長時間のフライトで疲れはあるが煽ってしまったのは俺だ。
「まあ、望むところだけどな」
俺の独り言に振り返るアーチャーは流石に意味がわからなかったのだろう、わからない、という表情でまたシンクに向き直った。
時計は六時半を回ったところ……外は真っ暗だが、夜はまだまだこれからだ。