2月14日、お菓子業界の陰謀に違いないその日。
いつもの倍以上の荷物を持って俺は家を出る。
半月後には卒業、受験期だから自由登校になっているというのに……俺はいつもどおりの時間に家を出る。

『衛宮君ってお料理上手よね?』
『やっぱりお菓子とか作ったりするの?』
『前に食わせてもらったアレ、美味かったんだよなあ。』
『え、後藤君食べたの?』
『柳洞も食ってたぞ?』
『うわー、ずるーい!』
『ねえ、今度何か作ってきてよ!』
『うんうん、お願い〜。あたしたちも食べてみたいな〜。』

そんな話をしていたのがセンター試験の自己採点で学校に集まった1月17日の昼。
まるで藤ねえかという強引さは女子特有のものなのか、2月14日に何か作ってきて、ということで決着づいたらしい。
私学の受験もひと段落する頃だし、平日だし、バレンタインだし、衛宮君は推薦で受かってるし、とこじつけのような理由でそういうことになっていた。
お陰で先週からお菓子作りの本を眺めてはアレコレと試作して、土曜と日曜はまるまるお菓子作りに費やした。
同居人は甘ったるい香りに顔をしかめつつアレコレと口を出し、手を出してきた。
そのお陰でというべきか、ラッピングまで完璧に終えたそれはトヨエツのLLサイズ紙袋に放り込まれて今に至る。

昇降口に入ると3年生の下駄箱付近にはあまり人がいない。
自由登校だからそんなのも普通だけど、教室に近づくにつれていつもより多い人の気配。
「……おはよ」
ガラリと開けた扉の向こう側に、ここ1ヶ月見たことが無いくらい沢山の級友の姿があった。
一成は寺の方が忙しくて卒業式まで学校には来れないと言っていた通り姿がない。

「あ、衛宮、おはよー。」
「衛宮君、衛宮君、アレ作ってくれた?」
「ねぇねぇ、この袋、見ても良い?」
「うわ、カワイー!」
「これって衛宮君がラッピングしたの?」
「やーん、美味しそうな香りがする〜!」

小分けにしたショコラトリュフはふんわりと、舌触りはなめらかに……ほろ苦いビターパウダーをまぶして。
ホールのまま持ってきた抹茶シフォンケーキは柔らかくそれでいて膨らみは十分、もちろん抹茶は薄茶ではなく濃い茶。
同居人が庭に植えたサツマイモで作ったスイートポテトは砂糖を使わず甘さ控えめ。
貰いもののリンゴを使ったアップルパイはさっくりと、リンゴの煮汁も逃さないパイ生地は俺と同居人が執念のごとく練り重ねた256段、減塩マーガリンでカロリーは控えめ。
ちょうど余っていた寒天を使って和風牛乳プリン、少し固めだけど乳脂肪分3.5じゃなくて特濃4.4牛乳を使って濃厚な味わい。
向かいの奥さんに貰った山芋を生地に練りこんだ薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)は蒸しムレもなく良い感じに仕上がっている、これは話を聞きつけた教師陣への貢物。
とりあえず薯蕷饅頭だけ除けて、ブツをババッと広げて一言。

「好きなのを選んでくれ。」

これとこれと、と選んでいく女子にマジって男子もあちこちから手を伸ばしてくる。
うんうん、これだけ潔く食われてるのを見ると結構気持ちが良い。
美味い、という言葉を聞くたびに嬉しい気持ちになる。
喜んでもらえるというのは良いことだ。

「なあ、衛宮。これ、お前が一人で作ったのか?」
「ん?それは俺一人だな……トリュフとアップルパイは同居人に手を貸してもらった。」
「同居人?」
「え、衛宮君同棲してるの!?」
「は?いや、親戚っていうか兄弟って言うか……一応年上の男だぞ?」
「……男二人でコレだけ作ったのか?」
「まあ、お互い料理するのは嫌いじゃないからな。俺もアイツもこういうの凝り性でさ……」

なんか、皆の俺を見る目が変わった。

「ねえ、衛宮君。それって……色黒で髪が白っぽいヒト?」
「え、あー、そうだな。」
何で知ってるんだ?

「やっぱり衛宮君……」
「そうだったのね。」
「やだぁ〜」

思い切り聞こえてるんだけど、お嬢さん方。

「ねえ、衛宮君。その人とやっぱり同棲してるんでしょ?」

「……は?」

「だって、ねぇ?うちら見ちゃったもん。」
「うんうん、見た見た!」
「こないだトヨエツで買い物してたの見たもんねー?」
「新婚カップルって感じでラブラブショッピングだったわ。」
「何、それ……衛宮、マジか?」

「や……てゆーか、普通に買い物してただけで」

「荷物を半分こして持ってたり。」
「この衛宮君が笑ったり〜顔赤くしたり〜」
「恋する乙女の顔だったよね?」

ソレハ誰ノコトイッテルンデスカ?

ガタン、と椅子から崩れ落ちた俺に女子はキャーキャーと図星だと騒いでる。

「あたし衛宮君狙ってたのになあ。」
「うちも狙ってたのに〜」
「残念〜、でもあんなに格好良い人だったら衛宮君でもコロっといっちゃうよね?」
「去年は遠坂さんと付き合ってたし、今年はあのエキゾチックなお兄さん。」
「衛宮君って本当にモテまくりだよね〜」
「おーい、衛宮……生きてるかぁ?」
「おう、なんとか……」
後藤の手を借りてなんとか椅子に座りなおすものの、何でだろう、頭がイタイ。
「あー、しっかし……」
「なんだ?」
「俺もお前狙ってたのになあ……」

「お前、絶対ェ良いヨメになると思っ……お、おい、衛宮大丈夫か!?」

机に突っ伏した額がジンジンとイタイ。

「ただいま……」
居間に入ってガラス戸を開けて同居人に声をかける。
「む、早かったな。」
雑草を抜いていたアーチャーが振り返る。
今日は気温が3月下旬並みと言っていた通り暖かい。
首にさげていたタオルで額を拭って母屋の方へ歩いてくる。
庭の様子をみる限り、また家庭菜園を増殖させているらしい……今でも芋に大根、人参、パセリ、シソ、葱、白菜、その他諸々が植えられている。

ガラス戸に手をかけたアーチャーは俺を見て……目を見開く。
「それは、どうしたのかね?」
「……ぶつけた。」
額の真ん中に赤いタンコブ一つ。
居間に戻ってきたアーチャーは台所で手を洗うと戸棚をゴソゴソと漁っている。
「まだ赤い?」
「少し青くなっている……まあこれならば明日には治っているだろうよ。」
救急箱から持ってきたらしい湿布をぺっちょりと貼られた。
湿布があまりにも冷たくて、しばらく目を閉じて我慢する。

「アレはどうだった?」
「お陰さまで好評でした。」
「まあ、私が手を貸してやったのだから当たり前だな。」
それ以上に口を出してただろ、という突っ込みはオフレコ。
「なあ、俺とお前って同棲してるのか?」
「……いきなり、何を言い出す。」
「クラスの女子がさ、こないだの買い物帰りを見てたらしくて。」
「ああ、アレか。」
荷物を持つというアーチャーに、自分で持てるという俺、結局二人で一つの袋を持って帰ったという……それはいつものこと。
「体の関係があるという点を考慮すればあながち間違いでもないだろう。」
「うぅ、やっぱりそうなるか?」
「それより、早く着替えて来い。昼食の支度は出来ている。」
「はいよ。……あ」
「ん?」

居間を出かけて、またアーチャーの方に向き直る。
そのままてけてけと近づいて背伸びする。
少し身をかがめるアーチャー、そうでもしないと頭一個分の身長差は埋まらない。
「ん……」
ふちゅり、と口付けを交わして離れる。
「甘いな……チョコでも食べたのか?」
「あ、残ったトリュフを一個な。んじゃあ、着替えてくる。」
「早くしろよ。」
家に帰ってきたらただいまのキス……もとい簡易的な魔力供給。

てぽてぽと、ぐるりと廊下を回って自分の部屋へと向かう。
縁側から外を見れば梅の花が綺麗に咲いている。
「やっぱり同棲になるのか……」
唯一残ったトリュフを一個食べたせいか口がまだ甘い。
甘いものが苦手のアーチャーにはあのキスで十分だと思いつつ自分の部屋に入る。

一方その頃のアーチャーは……
「甘いキスに3倍返しとなると……ふむ、今夜は期待しているという事か。」
とニヤニヤ笑いつつ自分に都合よく解釈していたようです。